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堀川(名古屋市)

(ほりかわ)

堀川は、愛知県名古屋市を流れる庄内川水系の一級河川です。名古屋の歴史や発展に深く関わるこの川は、江戸時代初期に建築資材運搬用の運河として開削されました。現在でも、地域の歴史的象徴として親しまれています。

堀川の概要

堀川は、1610年に徳川家康の命を受けた福島正則によって名古屋城築城の際に掘削された運河が起源とされています。明治時代には庄内川からの取水が開始され、水系に組み込まれました。その一部区間は黒川とも呼ばれ、地名としても残っています。

また、堀川に関連する庄内用水は、農業用水や都市用水として地域に貢献し続けています。本稿では堀川および庄内用水について説明します。

堀川の地理的特徴

上流部から中流部

堀川は愛知県名古屋市守山区で庄内川から取水し、矢田川を地下水路で伏越します。その後、名古屋城周辺を北側から西側に回り込むように流れます。

名古屋市中心部

名古屋市中心部では朝日橋以降「堀川」として知られ、南方向へ流れて名古屋港に至ります。途中で熱田区の七里の渡し付近にて新堀川と合流します。この区間は熱田台地の地形に沿っており、川の左岸(東側)が右岸(西側)よりも高くなっています。

感潮域と運河としての機能

猿投橋付近で約3.8mの段差があるため、以降は伊勢湾の潮汐の影響を受ける感潮域です。満潮時には逆流現象も見られることが特徴です。また、特に朝日橋以南の堀川は名古屋港の一部として指定され、運河としての性格が強調されています。

流域の自治体

堀川の流域はすべて名古屋市内に収まっており、守山区から港区までの広範囲を通ります。

堀川の流域

守山区 - 北区 - 西区 - 中区(左岸) - 中村区(右岸) - 中川区(右岸) - 熱田区 - 南区(左岸) - 港区

庄内用水の流域

守山区 - 北区 - 西区 - 中村区 - 中川区 - 港区

堀川の歴史

江戸時代

堀川は1610年に名古屋城築城に伴う資材運搬を目的として開削されました。熱田白鳥から名古屋城下までの運河は短期間で完成し、福島正則の功績により「太夫堀」とも呼ばれました。その後、堀川は尾張藩城下町の物流の中心となりました。

明治時代

1877年に愛知県技師の黒川治愿によって堀川の延伸・拡幅が行われ、現在の黒川と呼ばれる区間が形成されました。また、この時期には名古屋城堀の水源となる御用水が改修され、堀川と連結されました。

近代から現代

1970年代に一部区間が埋め立てられましたが、御用水跡街園として整備され、歴史的遺構として残されています。さらに、2007年には河川の管理権限が愛知県から名古屋市に移譲され、観光船の運航も試験的に実施されています。

堀川にまつわるエピソード

堀川は陶器や物資の運搬路としても利用され、名鉄瀬戸線の堀川駅が重要な物流拠点でした。昭和初期には中川運河との連絡も行われましたが、現在ではその機能は失われています。

まとめ

堀川は名古屋市の歴史と密接に結びついた河川です。その起源から発展、そして現代に至るまでの変遷を通じて、地域社会に大きな影響を与えてきました。観光や地域文化を支える存在として、堀川はこれからも名古屋市の重要な資産であり続けるでしょう。

Information

名称
堀川(名古屋市)
(ほりかわ)

名古屋

愛知県