名古屋大仏は、愛知県名古屋市千種区四谷通2-16に位置する曹洞宗の寺院、桃巌寺(とうがんじ)にある大仏です。この大仏は昭和62年(1987年)に建立され、その壮大な姿と独特の台座構造で知られています。
名古屋大仏は、全高15メートル(本尊の高さ10メートル、台座高さ5メートル)の青銅製です。本尊は仏師・長田晴山によって制作され、その顔や唇、耳には金箔が施されています。これにより、大仏の表情がより神々しく輝いています。
通常の蓮の台座ではなく、10頭の象の像が本尊を支える形状となっています。このユニークなデザインは訪れる人々に強い印象を与えます。また、台座の正面には僧侶と鹿の像が配置され、仏教的な象徴を表現しています。
名古屋大仏の建立計画は昭和50年代後半に始まりました。当時、信者たちの信仰の対象として大仏を建立する案が持ち上がり、さらに1988年(昭和63年)に予定されていた名古屋オリンピックの開会式で開眼供養を行う構想も検討されていました。
しかし、第24回夏季オリンピックの開催地は韓国・ソウルに決定し、名古屋での開催は実現しませんでした。このため開眼供養の計画は変更され、大仏は1987年(昭和62年)に完成しました。
2006年(平成18年)には大仏に緑色の着色が施され、より鮮やかな姿となりました。
桃巌寺は天文年間に織田信長の弟である織田信行が、父・織田信秀の菩提を弔うために建立した寺院です。初めは尾張国愛知郡鳴海荘末森村二本松に位置していましたが、その後、正徳年間に現在の地に移されました。
寺号「桃巌寺」は信秀の法名「桃巌道見大禅定門」から取られています。また、本尊には恵心僧都作とされる聖観世音菩薩像が祀られています。
かつての桃巌寺領には織田信秀の墓石と三基の五輪塔がありました。これらは信秀没後400年に当たる1951年(昭和26年)に桃巌寺境内に移されました。
桃巌寺の境内には裸弁天や歓喜仏、日本一とも言われる直径1メートルの木魚があります。また、年に2回御開帳される「ねむり辨天」も有名です。
本堂には荘厳な観音立像が安置され、訪れる人々に深い感動を与えています。
愛知県北設楽郡設楽町に桃巌寺の奥の院として相輪塔が建立されています。
名古屋大仏や桃巌寺へのアクセスは、名古屋市営地下鉄名城線・東山線の本山駅で下車するのが便利です。駅から徒歩数分の場所に位置しており、気軽に訪れることができます。
名古屋大仏と桃巌寺はその歴史的背景や壮大な造形美で多くの観光客を魅了しています。大仏を支える象の台座や金箔で装飾された本尊は、一見の価値があります。また、桃巌寺の歴史や境内の見どころも併せて楽しむことができます。名古屋を訪れる際にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。