相応寺は、愛知県名古屋市千種区城山町にある浄土宗の寺院です。 この寺院は尾張藩初代藩主徳川義直公によって、義直公の生母である相応院お亀の方の菩提を弔うために創建されました。
寛永20年(1643年)、徳川義直公が東区山口町に一万二千坪の境内を定めて相応寺を建立しました。 その後、慶安3年(1650年)に江戸で亡くなった義直公の遺骨が一時的に相応寺で供養されました。 義直公の廟墓は後に定光寺に造営され、最終的に葬られることとなりました。
昭和9年(1934年)、名古屋市の都市開発に伴い、相応寺は東区山口町から現在地である千種区城山町に移転しました。 この際、本堂、総門、山門、鐘楼が移築され、かつて京都の清水寺を模した舞台も建設されましたが、 伊勢湾台風で失われました。
総門は三間薬医門、本瓦葺きで建てられています。扁額には「相応寺」という文字が記されており、 これは義直公の直筆です。
山門は八脚門で、扁額には「寶亀山」と義直公の直筆が掲げられています。 その美しいデザインと歴史的価値から、多くの参拝者に親しまれています。
相応寺の鐘楼は、下層が三間四方、上層が一間四方の構造で、林羅山による銘文が刻まれています。
昭和9年に建立された茶筌塚は、茶筌の形をした石碑で、遠州流家元主鑑堀田宗達宗匠の筆によるものです。 茶道の愛好家が集う特別な場所となっています。
境内には「独立歩兵第十一連隊戦没者慰霊碑」が建立されており、太平洋戦争で命を落とした兵士たちを慰霊しています。 毎年3月の春分の日には慰霊法要が行われていましたが、現在は相応寺大念珠法要として供養が続けられています。
所在地: 愛知県名古屋市千種区城山町1-47
電話番号: 052-751-0435