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尾陽神社

(びよう じんじゃ)

尾陽神社は、愛知県名古屋市昭和区御器所に鎮座する神社です。 名古屋開府300年記念事業の一環として、初代尾張藩主である徳川義直公や第14代・第17代藩主の徳川慶勝公を祀るために創建されました。

由緒

創建の経緯

明治時代、旧尾張藩士たちの請願によって、名古屋東照宮に合祀されていた徳川義直公と徳川慶勝公を祀るために神社が設立されました。 創建は1910年(明治44年)であり、その後1922年(大正11年)には県社に列せられました。

戦災と再建

尾陽神社の初代の社殿は神明造でしたが、1945年(昭和20年)の名古屋大空襲により焼失しました。 現在の社殿は1970年(昭和45年)に再建されたもので、堅牢かつ美しい構造が特徴です。

合祀と摂社の設立

1949年(昭和24年)には天照大御神が主祭神として合祀され、1973年(昭和48年)には徳川家本邸にあった栄世稲荷神社を摂社として祀りました。 さらに、1976年(昭和51年)には大神神社の摂社である久延彦神社の分霊を迎えました。 久延彦神社の社殿は元々春日大社の本殿であった建物で、200年もの歴史を有しています。

祭神

境内社

摂社

末社

神宝

徳川慶勝公が1863年(文久3年)に朝廷から拝領した刀が伝わっています。 この刀は徳川家にとって重要な宝物として扱われています。

御器所西城跡

概要

尾陽神社のある地は、かつて御器所西城という平山城があった場所です。 この城は嘉吉年間(1441年~1443年)に佐久間美作守によって築かれました。

歴史

佐久間盛次の代には織田信長に仕え、その子・佐久間盛政は柴田勝家の甥として知られています。 盛政が1583年(天正11年)の賤ヶ岳の戦いで討死した後、城は廃城となりました。

現在の様子

神社の西側には石垣が整備されており、また本殿の背後には城跡の名残として崖状の地形が残っています。

アクセス

自家用車

名古屋市道堀田高岳線の白金一丁目交差点を東進し約400m進むと到着します。 (駐車台数は不明)

公共交通機関

Information

名称
尾陽神社
(びよう じんじゃ)

名古屋

愛知県