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長福寺(名古屋市緑区)

(ちょうふくじ)

長福寺は、愛知県名古屋市緑区にある西山浄土宗(浄土宗西山派の一派)の寺院です。桶狭間の戦いで討死した今川義元の供養寺としても知られ、歴史的な背景を持つ寺院として多くの参拝者や観光客が訪れます。

概要

山号は和光山(わこうざん)、院号は天沢院(てんたくいん)と称します。本尊は阿弥陀如来です。寺院の起源は、1560年の桶狭間の戦いと深く関わっています。この戦いで命を落とした今川義元を供養するための寺院として知られています。

沿革

創建の由来

長福寺の創建は1538年(天文7年)に善空南立(ぜんくうなんりゅう)上人によるとされています。しかし、『張州雑志』に記載される善空南立の没年が1701年であることから、彼は中興の開山とされる説もあります。また、創建時期を桶狭間の戦い後の1569年(永禄12年)とする説もあります。

桶狭間の戦いと長福寺

桶狭間の戦いでは、当地に到着した今川勢が寺院で饗応を受けたと伝えられています。この戦いにより当地は血で染まり、後に「鞍流瀬川」と名付けられた川の名も、戦乱の悲劇を物語っています。

再興と火災

1740年(元文5年)、住職となった観岳上人が荒廃した長福寺を再興しました。しかし、天明年間(1781年~1788年)には火災が発生し、寺宝の多くが失われました。

伽藍と文化財

本堂・堂宇

境内には本堂、薬師堂、観音堂、鐘楼が点在し、南側には放生池(蓮池)が広がっています。山門から続く参道には、大杉がそびえています。この大杉は「供養杉」と呼ばれ、今川義元の茶坊主であった林阿弥が主君の首実検を命ぜられた際の伝承が伝えられています。

文化財と寺宝

本尊の阿弥陀如来像は寛文年間(1661年~1673年)以前に安置されたもので、今川義元および松井宗信の木像、桶狭間合戦記、鎧、槍などの貴重な寺宝が収蔵されています。

周辺の名所

大池と鞍流瀬川

長福寺近隣には「大池」というため池があり、鞍流瀬川が参道を分断していました。この川はかつて戦いの悲劇を象徴する存在でしたが、現在は暗渠化されています。

桶狭間の歴史

長福寺が所在する桶狭間は、1878年(明治11年)に「桶狭間」の表記が正式化されました。以降、行政区画の変更を経て、1964年(昭和39年)に名古屋市緑区に編入されました。

アクセス

参道沿いには参拝者用の駐車場があります。また、公共交通機関では、名鉄名古屋本線「有松駅」近くのバス停から「有松12号系統」または「緑巡回系統」に乗車し、「桶狭間寺前」で下車するのが便利です。

長福寺は歴史的背景と文化財に富み、訪れる人々に深い感銘を与える場所です。桶狭間の戦いにまつわる史跡を巡りながら、戦国時代の風景を追体験してみてはいかがでしょうか。

Information

名称
長福寺(名古屋市緑区)
(ちょうふくじ)

名古屋

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