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円福寺(名古屋市熱田区)

(えんぷくじ)

円福寺は、愛知県名古屋市熱田区神戸町にある時宗の寺院です。その長い歴史と深い文化的価値から、地域に根差した寺院として知られています。

円福寺の概要

円福寺は、時宗四条派の四条道場金蓮寺の末寺であり、浄信寺、引接寺、善通寺とともに「四条派御四箇寺」と呼ばれる中本寺の一つです。歴代住職は「厳阿(ごんな)」を称し、多くの文化財や歴史的な意義を有する寺院としてその名を知られています。

由来と名称

円福寺の別名「亀井道場」や「亀井山」は、境内で発見された亀の甲羅が由来とされています。この霊験あらたかな井戸は、古くから人々に尊ばれてきました。

足利氏との関係

円福寺は、足利氏の一族である厳阿が遊行2代他阿真教に帰依して時宗に改宗したことに起源を持ちます。さらに、足利尊氏や足利義教とも深い関わりがあり、足利尊氏はこの寺を祈願所とし、足利義教は永享4年(1432年)にこの寺に滞在して連歌会を催した記録が残っています。

円福寺の歴史

創建から時宗への改宗

もともと天台宗の寺院として創建された円福寺は、厳阿が時宗へ改宗したことで大きな転機を迎えました。この際、境内には新たな堂宇が建立され、足利尊氏の加護を受けて隆盛を極めました。

熱田神宮との関係

円福寺は熱田神宮とも深い関係を持ち、『日本書紀』熱田本(重要文化財)は、円福寺の住職厳阿が仲介して寄進されたものであると伝わります。寺は熱田神宮の西南角に位置し、両者の歴史的な結びつきが感じられます。

戦災と復興

1945年の熱田空襲により、円福寺は寺宝の大部分を焼失しましたが、その後、地域の人々の手によって復興が進められました。現在もその歴史と文化を後世に伝える努力が続けられています。

文化財

永享四年連歌懐紙

永享四年(1432年)に足利義教によって作られたとされる連歌懐紙は、愛知県の指定文化財となっています。この貴重な資料は、当時の文化的な活動を今に伝えるものです。

尾張円福寺文書

尾張円福寺文書も県指定文化財であり、その影写本は東京大学史料編纂所に所蔵されています。これらの文書は、円福寺の歴史を詳細に知るための重要な資料となっています。

アクセス

円福寺へのアクセスは以下の通りです。

旧末寺

円福寺に関連する旧末寺には以下のようなものがあります。

まとめ

円福寺は、その長い歴史と足利氏との関わり、そして熱田神宮との結びつきから、名古屋市熱田区の重要な文化遺産として知られています。文化財や歴史的資料の保護とともに、寺院そのものが地域の人々にとって大切な存在であり続けています。ぜひ一度訪れて、歴史と文化の深さを感じてみてください。

Information

名称
円福寺(名古屋市熱田区)
(えんぷくじ)

名古屋

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