含笑寺は、愛知県名古屋市東区に位置する曹洞宗の寺院で、その山号は鷲嶺山です。歴史的背景と文化的な意義を兼ね備えたこの寺院は、地域住民だけでなく、多くの観光客に親しまれています。
含笑寺は名古屋市の中心部にあり、周囲をビルに囲まれた都市環境の中に静かに佇んでいます。その立地は、歴史と現代が共存する特異な雰囲気を醸し出しています。現在の寺院周辺は商業地域となっていますが、含笑寺はその中で地域文化の象徴としての役割を果たしています。
含笑寺は享禄元年(1528年)に創建されました。織田信秀が生母・含笑院殿茂嶽涼茂大禅定尼の菩提を弔うため、尾張国海東郡土田村(現在の清須市)に建立したのが始まりです。開山は天台宗の僧侶・清岩法英であり、寺の山門は清洲城から移築されたものとされています。この歴史的背景を物語る文書は名古屋市蓬左文庫に保管されています。
大雲永瑞(萬松寺の開山であり信秀の叔父)の弟子である愚庵道黠が法地開山(三世)となり、信秀の甥である助南佐公が四世として引き継ぎました。その際、含笑寺は萬松寺の末寺となりましたが、後に曹洞宗の大本山總持寺の末寺となっています。
慶長15年(1610年)、含笑寺は現在地に移転しました。この移転は、清洲越しに伴い名古屋東部の寺町形成の一端を担いました。歴代住職の中には尾張藩の徳川宗勝の側室・仙宥院の帰依を受けた15世・重澤大年や、大本山總持寺の輪番を務めた17世・俊芳密禅などがいます。
明治時代には都市計画の影響で本堂や庫裏などが縮小され、さらに1945年の名古屋大空襲で山門を除く多くの建物が焼失しました。戦後は墓地が平和公園に移されるなど、周辺の環境も大きく変わり、現在ではビル街に囲まれています。
1967年、関山和夫氏によって「含笑長屋・落語を聴く会」が設立されました。この会は東西の落語名人を招き、年に10~11回の落語会を開催しました。出演者には柳家小さん、桂米朝、三遊亭圓生など名だたる落語家が名を連ねています。
1972年12月31日、第23回NHK紅白歌合戦の地方審査会場として含笑寄席が登場しました。また、翌年1月1日のNHK「ゆく年くる年」では全国中継され、多くの人々に含笑寺の存在が知られるようになりました。
六代目三遊亭圓窓のライフワークである『圓窓五百噺を聴く会』は1973年から28年間にわたって含笑寺で開催されました。その活動は1983年に愛知県芸術文化選奨の文化賞を受賞するなど、高く評価されています。
2013年に設立者の関山和夫氏が亡くなったことで、落語会としての「含笑長屋」は終了しました。しかし、その最終回には多くの長年の会員が参加し、地域文化の灯を絶やさぬ思いが示されました。
含笑寺は歴史的な価値だけでなく、文化活動の拠点としてもその役割を果たしてきました。名古屋市のビル街に佇むこの寺院は、歴史と現代の融合を象徴する場所です。訪れる人々にとって、過去の遺産と現在の文化が交差する貴重な体験を提供しています。