愛知県 > 名古屋 > 白山社(名古屋市守山区市場)

白山社(名古屋市守山区市場)

(はくさんしゃ)

白山社は、愛知県名古屋市守山区市場にある歴史的な神社です。名古屋市北東部の守山区に位置し、その境内は守山台地の西端に広がっています。さらに、白山社の境内には古墳時代に築かれた守山白山古墳が存在し、歴史的価値が高い場所として知られています。

概要

白山社は、養老年間(717年~724年)に創建されたとされ、加賀国の白山比咩神社から勧請されたものと伝えられています。その後、守山、大永寺、金屋坊、大森垣外、牛牧、小幡の6つの村の総氏神として信仰され、地域の人々に親しまれてきました。

明治初期までは、白山寺という天台宗の寺院が神社と併存しており、住職が神社の管理も行っていましたが、1878年(明治11年)に白山寺は廃寺となりました。

また、言い伝えによると、白山社の神は白いものを嫌うとされ、鳥居は朱塗りにし、氏子たちは白馬や白鶏を飼わなかったと言われています。

名称について

白山社の名称には、時代や資料によって異なる呼び方があります。近代以前には「白山権現」「白山宮」「白山寺」と称されることもありましたが、門前の標石や鳥居の表記などから「白山神社」と呼ばれることもあります。

祭神

主祭神は菊理姫命であり、天照大神、誉田別命、伊邪那岐命、須佐之男尊も祀られています。1912年(大正元年)には、周辺の八幡社や熊野社、神明社などが統合され、これらの社の祭神も白山社に合祀されました。

歴史

創建と発展

白山社の創建は養老年間に遡ります。1701年(元禄14年)には本殿が造営され、その後も幾度か改修や再建が行われてきました。1910年(明治43年)には、本殿が白木神明造に改造され、現在の姿に近づきました。

災害と復興

1970年(昭和45年)、白山社は不審火によって焼失しましたが、翌年には再建され、地域住民の信仰を支える重要な存在として復活しました。

由緒記

白山社の歴史をまとめた「由緒記」は、1912年の神社統合時に財産整理の一環として作成されました。この記録は、田邉國照を中心とした氏子総代らによって作成され、白山社の歴史を後世に伝える重要な資料となっています。

境内社

白山社の境内には以下の境内社が祀られています。

浅間社の遷座

1878年(明治11年)、浅間社は字北山や字町北から現在の白山社の境内に遷座されました。また、1889年(明治22年)には、複数の山神社が1社として統合され、白山社の境内に祭られるようになりました。

祭典

白山社では、年間を通じてさまざまな祭典が行われています。

地域との関わり

白山社は地域住民に深く愛され、守山村を中心に多くの氏子を抱えてきました。1878年(明治11年)には169戸だった氏子数が、1917年(大正6年)には250戸、1944年(昭和19年)には2639戸にまで増加しました。

このように、白山社は地域の歴史や文化と密接に結びつきながら、多くの人々の信仰の拠り所となっています。

Information

名称
白山社(名古屋市守山区市場)
(はくさんしゃ)

名古屋

愛知県