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本願寺 名古屋別院

(ほんがんじ なごや べついん)

本願寺名古屋別院は、愛知県名古屋市中区門前町にある浄土真宗本願寺派の寺院で、「西別院」として親しまれています。

概要

本願寺名古屋別院は、浄土真宗本願寺派(西本願寺)に属し、名古屋市中区の中心部に位置する歴史ある寺院です。真宗大谷派の「東別院」と対比され「西別院」とも呼ばれています。名古屋市内だけでなく、東海地方全体の浄土真宗信仰の中心地としての役割を果たしています。

沿革

願証寺の起源

本願寺名古屋別院の歴史は、明応年間(1492~1501年)に本願寺第八代宗主蓮如上人の第13子である蓮淳師が、現在の三重県桑名市長島町に建立した「願証寺」に始まります。この寺院は、一向一揆で一度は断絶しましたが、後に再建されました。

清洲願証寺から名古屋御坊へ

1583年(天正11年)、織田信雄の許可を得て、愛知県清須市に清洲願証寺が設立されます。1610年(慶長15年)、徳川家康が名古屋城を築城した際に町全体が移動する「清洲越し」が行われ、願証寺も現在の名古屋市中区門前町に移転。「名古屋御坊」と呼ばれるようになりました。

近代の発展と再建

名古屋御坊は1879年(明治12年)に「本願寺名古屋別院」と改称され、浄土真宗の布教の拠点となります。しかし、第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)の空襲により、ほとんどの建物が焼失。その後、門徒や地域の協力により1972年(昭和47年)に本堂が再建され、現在に至ります。

境内の特徴

鐘楼

鐘楼は、戦災を免れた貴重な建物の一つです。1729年(享保14年)頃、尾張徳川家の徳川綱誠の側室・梅昌院の寄進により移築されたと伝えられています。2017年(平成29年)には名古屋市の有形文化財に指定されました。

親鸞像

境内には、浄土真宗の開祖である親鸞聖人の像が建立されており、多くの参拝者が訪れています。

葛飾北斎との関わり

1817年(文化14年)、北斎が120畳の巨大な紙に「大だるま絵」を描いた興行が行われた記録が残されています。この絵は戦災で失われましたが、2017年に記念行事として再現イベントが実施されました。

アクセス

本願寺名古屋別院へのアクセス方法は以下の通りです。

まとめ

本願寺名古屋別院は、歴史的建築や文化的遺産を多く持つ名古屋市の重要な寺院です。浄土真宗の信仰を広めるだけでなく、地域の文化や歴史に深く関わってきたこの寺院を訪れることで、名古屋の新たな魅力を発見できることでしょう。

Information

名称
本願寺 名古屋別院
(ほんがんじ なごや べついん)

名古屋

愛知県