本遠寺は、愛知県名古屋市熱田区白鳥に位置する日蓮宗の寺院です。別名「熱田法華堂」とも呼ばれ、山号は妙光山です。 大本山本圀寺(六条門流)を旧本山とし、生師法縁に属しています。その長い歴史と多くの文化財を誇る本遠寺は、 地域の信仰と文化に深く根ざした寺院です。
本遠寺の起源は、1253年(建長5年)にまで遡ります。この年、是生房蓮長(後の日蓮)は比叡山での修学を終えた後、 伊勢神宮で立教改宗を祈願し、熱田神宮を訪れました。そこで法華堂にて法華経を読誦したと伝えられています。
その後、日蓮の教えを継承する孫弟子にあたる日澄が熱田神宮に参拝した際、信者である竹田孫右エ門の寄進により、 法華堂が現在地に移設され、本遠寺の基礎が築かれました。
本遠寺は1945年(昭和20年)の名古屋大空襲によって、大切な文化財である楼門を含む伽藍の大部分を焼失しました。 その後、1964年(昭和39年)に法華堂が再建され、1980年(昭和55年)には現在の本堂が建立されました。 書院についても1996年(平成8年)に再建が行われています。
本遠寺には、かつて多くの文化財が存在していました。その中でも特に重要なものとして以下が挙げられます。
楼門は桃山時代に建立されたもので、旧国宝(現在の重要文化財に相当)に指定されていました。 名古屋大空襲によって焼失したものの、当時の美しい姿は現在も人々の記憶に残っています。
書院は清洲城から移築された貴重な建物でしたが、同じく名古屋大空襲で失われました。その後、再建が進められ、 現在の書院が1996年に完成しています。
本遠寺はかつて多くの末寺を擁していました。昭和16年に日蓮宗の本末制度が解体されましたが、以下は旧末寺として知られる寺院の一覧です。
本遠寺は名古屋市熱田区の歴史と文化を語る上で欠かせない存在です。戦争や災害を乗り越え、再建された本堂や書院は、 現代においても多くの参拝者や訪問者を迎えています。また、日蓮宗の教えを伝える拠点として、地域に根付いた活動を展開しています。
今後も本遠寺はその歴史と文化を継承しながら、さらなる発展を目指していくことでしょう。