明忠院は、愛知県名古屋市緑区大高町にある曹洞宗の寺院です。山号は「孝養山(こうようさん)」で、本尊には釈迦如来金銅座像を祀っています。歴史的な由緒を持つ寺院であり、地域の信仰や文化を支える存在として知られています。
明忠院は天正元年(1573年)、山口海老之丞が父母の追善孝養のために大高村の枝郷・中之郷(現在の緑区中屋敷)に創建したとされています。当初は「孝養山 明忠庵」と称し、広大な寺域に六坊を構える真言宗の寺院でした。この寺号は、海老之丞の法名「明忠浄光居士」に由来すると考えられています。
しかし、兵火による焼失の後、長期間にわたって廃墟となっていましたが、元和5年(1619年)に山口氏の手によって再興されました。この際、春江院の善庵和尚を招いて中興開山とし、曹洞宗に改宗されました。
享保14年(1729年)、現在の地に移転しました。また、下里知足の日記には、元禄8年から12年にかけて明忠院で俳諧が催された記録が残されています。
1894年(明治27年)、堂宮大工の小野田又蔵の手によって本堂が再建されました。また、1921年(大正10年)には当時の住職・服部賢準が「子供の家」を設立しました。これは農繁期に放置されていた農家の子供たちを保護する目的で始まり、1948年(昭和23年)に認可保育園「子供の家保育園」となり、現在も運営されています。
境内には、本堂、地蔵堂、毘沙門堂、庫裡、書院、山門、屋内墓地の精霊殿などがあり、それぞれが歴史的・文化的な価値を持っています。
地蔵堂に祀られる「子守地蔵」は、山口海老之丞が桶狭間の戦いに持参した持仏とされます。一度火災により所在不明となりましたが、後に子供たちによって発見されたという逸話があります。この地蔵は室町時代末期の作風を持つとされ、高さ2尺1寸(約64cm)または3尺(約91cm)の立像です。
毘沙門堂には朝護孫子寺から勧請された毘沙門天立像が祀られています。毎年2月の節分には豆まきの行事が行われ、地域の人々で賑わいます。
裏参道には、青峰山正福寺から勧請された観音像が祀られています。この像はかつて大高村内の3箇所に置かれていましたが、現在では1つが薬師寺に、もう1つが寅新田にあります。
境内には「愛知の保育此処に始まる」碑や「幼児保育の父」碑など、保育活動の歴史を記念する石碑が設置されています。
明忠院はその歴史的背景や建築物、地域との結びつきから、多くの人々に親しまれる寺院です。観光客だけでなく、地元住民にも大切にされています。訪れる際はその魅力を存分に感じながら、ゆっくりと散策してみてはいかがでしょうか。