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那古野神社

(なごや じんじゃ)

那古野神社は、愛知県名古屋市中区丸の内に鎮座する由緒ある神社です。旧社格は県社であり、隣接して名古屋東照宮も位置しています。古くから地域の人々に親しまれ、名古屋の歴史とともにその姿を変えてきた神社です。

歴史

那古野神社の創建は、延喜11年(911年)3月16日にさかのぼります。醍醐天皇の勅命により、八王子社や若宮八幡社の隣に建立されたと伝えられています。その起源は津島牛頭天王社(現在の津島神社)を総本社とする天王社の一つであり、当初は牛頭天王を祭神としていました。

戦国時代の試練

天文元年(1532年)、織田信秀が今川氏豊から那古野城を奪取する際の戦火に巻き込まれ、社殿が焼失しました。その後、天文8年(1540年)に信秀によって再建され、別当寺として亀尾山安養寺が隣に建立されました。

名古屋城築城と移転の神意

慶長15年(1610年)、徳川家康の命により名古屋城が築城された際、那古野神社はそのまま現在の三之丸の地に残されました。家康が御神籤を引き神意を伺った結果、「遷座不可」との指示が出たためです。こうして名古屋城の総鎮守、名古屋の氏神としての位置づけが確立されました。

江戸時代以降の発展

江戸時代には、尾張藩主徳川義直の寄進により社領が保障され、社殿の修繕も行われました。また、摂社の兵主社も建立されました。その後、元和5年(1619年)には隣接地に名古屋東照宮が建立され、地域の信仰の中心としての役割を担いました。

明治時代から現代まで

明治時代には神仏分離令により、祭神が須佐之男命に変更され、社名も須佐之男神社と改称されました。しかし、1876年(明治9年)には名古屋鎮台設置のため現在地に移転され、摂社の兵主社も本殿に合祀されました。その後、1899年(明治32年)に那古野神社へと再改称されました。

戦火の試練と復興

第二次世界大戦中の名古屋大空襲では本殿が焼失しましたが、1959年(昭和34年)までに再建が進められました。また、神楽殿は戦災を免れたものの、1992年(平成4年)の火災で焼失しました。

神社の特徴と祭神

那古野神社の主祭神は須佐之男命であり、その他に奇稲田姫神、八柱神、兵主神が祀られています。本殿や拝殿、祝詞殿などの建物は再建され、現在の姿となっています。境内には福寿稲荷社や金山神社、日進社など多くの摂末社があり、地元の人々の信仰を集めています。

例祭と年中行事

那古野神社の例祭である天王祭は、江戸時代には名古屋三大祭の一つとされ、若宮祭や東照宮祭とともに賑わいを見せていました。現在でも、例祭は7月15日・16日に行われ、神輿渡御や行列が地域を彩ります。また、正月1日には朮火祭が行われます。

アクセス

那古野神社へのアクセスは以下の通りです:

名古屋市中心部に位置し、観光や歴史散策の一環としても訪れやすい立地です。

まとめ

那古野神社は、名古屋の歴史とともに歩んできた由緒ある神社です。地域の総鎮守として、また名古屋の氏神として多くの人々に親しまれています。その歴史や文化に触れるために、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
那古野神社
(なごや じんじゃ)

名古屋

愛知県