那古野山古墳は、愛知県名古屋市中区大須にある古墳で、 周辺は「那古野山古墳公園」として整備されています。「大須古墳群」の一部に属し、5世紀中頃から後半に造営されたと考えられています。 元々は南面する前方後円墳でしたが、江戸時代に禅寺・清寿院の後園が造営された際に前方部が取り壊され、 現在は後円部が直径22メートル、高さ3メートルの「浪越山」として残されています。
那古野山古墳は周辺の大須二子山古墳、日出神社古墳、富士浅間神社古墳と共に「大須古墳群」を形成しています。 清寿院に取り込まれていたため、「浪越山」という名称でも知られています。 2022年に再整備され「那古野山古墳公園」として新たに公開され、現在では三方をビルに囲まれた都市の中の歴史遺産となっています。
那古野山古墳は6世紀頃に築造されたと考えられています。江戸時代には清寿院の後園が築かれ、 古墳の前方部が取り壊されました。清寿院が廃寺となった後の1879年(明治12年)には、 愛知県下初の公園「浪越公園」として開放されました。
浪越公園はその後1910年に廃止され、1914年に名古屋市によって那古野山公園として再整備されました。 さらに2022年には那古野山公園が再整備され、名称が那古野山古墳公園に改められました。
那古野山古墳ではこれまでに2回の発掘調査が行われています。1991年と1995年の調査では、 古墳時代の土層や遺物が確認されましたが、その多くは中世や近世の盛土で覆われていました。
出土した遺物の一部は名古屋市博物館に収蔵されています。また、須恵器の有蓋脚付短頸壺は富士浅間神社に保存されています。
江戸時代に清寿院があった地は、明治時代に「浪越公園」として整備され、地域住民に親しまれてきました。 清寿院の跡地には尾張名古屋の三名水の一つ「柳下水」があり、生活用水として利用されていました。
2020年には「柳下水」のモニュメントが公園内に移設され、公園の再整備が行われました。 現在の那古野山古墳公園は、歴史的価値と地域住民の憩いの場としての機能を併せ持つ公園として愛されています。