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中嶋砦・丹下砦

(なかしま とりで たんげ とりで)

中嶋砦、または中島砦は、愛知県名古屋市緑区鳴海町下中に位置していた砦です。この砦は、織田信長が今川義元との戦いの際、鳴海城を囲むように築いた三砦の一つとして知られています。

砦の概要

中嶋砦は、扇川と手越川の合流点付近に位置しており、戦略的に重要な場所でした。この砦は織田軍の前線基地として利用され、鳴海城と大高城を分断する役割を果たしました。守将として梶川高秀が配置され、信長の桶狭間の戦いにおける重要な拠点の一つとなりました。

築城の経緯

織田信秀の死後、その子である織田信長が家督を継ぎましたが、鳴海城主の山口教継は駿河国の今川義元に寝返りました。この動きに対応するため、信長は丹下砦、善照寺砦、そして中嶋砦を築きました。これにより、鳴海城を囲む包囲網を構築し、さらに丸根砦と鷲津砦を設けて大高城との連絡を断ちました。

桶狭間の戦いと中嶋砦

永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いでは、中嶋砦が織田信長軍の一時的な拠点として使用されました。この時、信長軍は約2000人に過ぎませんでしたが、信長は大胆な判断を下し、敵本陣への奇襲を決行しました。その結果、今川義元が討ち取られ、今川軍は尾張から撤退することとなりました。中嶋砦も、この戦いをもって役割を終えました。

現在の状況

現在、中嶋砦跡地は宅地化されており、遺構はほとんど残っていません。しかし、1927年(昭和2年)に鳴海町によって建てられた「中島城址」の石碑が、個人宅の庭に設置されています。また、砦跡地周辺は、歴史的価値を感じさせる地域として親しまれています。

アクセス

名鉄鳴海駅から南東へ徒歩約5分の場所に位置しており、訪れる際の利便性も良好です。

丹下砦

丹下砦は、愛知県名古屋市緑区鳴海町清水寺に存在していた砦です。この砦も織田信長が鳴海城を囲むように築いた三砦の一つで、重要な役割を果たしました。

砦の特徴

丹下砦は、元々この地にあった古屋敷を利用して築かれました。その規模は東西約64メートル、南北約50メートルで、中心部には館型の城郭があり、その周囲には広い外郭が配置されていました。砦の目的は、鳴海城の包囲網の一部として機能し、敵勢をおびき寄せることでした。

主な守将

現在の状況

丹下砦跡地は名古屋市緑区にある光明寺の裏山に位置していますが、大部分は宅地化されています。また、城址碑も存在しません。しかし、発掘調査により、縄文時代の遺物や平安時代の遺構も発見されており、この地域の長い歴史を物語っています。

アクセス

名鉄鳴海駅から徒歩約10分の距離に位置し、周辺の観光と組み合わせて訪れることが可能です。

鳴海城

鳴海城(なるみじょう)は、愛知県名古屋市緑区鳴海町にあった城で、別名「根古屋城」とも呼ばれます。室町時代から戦国時代にかけて重要な役割を果たしました。

築城と歴史

鳴海城は応永年間に安原宗範によって築かれました。その後、戦国時代には織田信秀の支配下に入りましたが、信秀の死後、鳴海城主の山口教継が今川義元に寝返り、城は今川家の重要拠点となりました。これに対抗するため、信長は周囲に三砦を築きました。

現在の状況

現在、鳴海城跡地は「鳴海城跡公園」として整備されています。遺構はほとんど残っていませんが、天神社や東福院には城に関連する碑や門が存在します。

アクセス

名鉄名古屋本線鳴海駅から徒歩約5分の距離にあります。

Information

名称
中嶋砦・丹下砦
(なかしま とりで たんげ とりで)

名古屋

愛知県