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赤染衛門歌碑公園

(あかぞめえもん かひこうえん)

赤染衛門歌碑公園は、1989年(平成元年)2月28日に愛知県稲沢市にオープンしました。この公園は、平安時代の著名な女流歌人である赤染衛門と、その夫で尾張守を務めた大江匡衡の功績を後世に伝えるために設立されました。公園内には赤染衛門の歌碑や、大江匡衡の業績を記した石碑などが設置されています。

公園の概要

園内には以下の施設があります。

赤染衛門とその歌

赤染衛門は、「やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな」の歌で知られる平安時代の中古三十六歌仙の一人です。彼女は、和泉式部と並び称される歌才を持ち、当時「二女流歌仙」として高く評価されていました。紫式部や清少納言など、同時代の著名な女流文学者とも親交があったことが知られています。

衣かけの松の伝説

赤染衛門は、夫である大江匡衡とともに3度にわたり尾張を訪れ、長保3年(1001年)には稲沢に居住しました。その際、彼女が衣をかけたと伝えられる松がこの地に存在していました。この松は「衣かけの松」として知られ、その跡地には現在、碑が建てられています。

赤染衛門の和歌

彼女の代表作である「やすらはで 寝なましものを…」は、百人一首の五十九番としても有名です。また、赤染衛門は『拾遺和歌集』以下の勅撰和歌集に93首が入集しており、その歌風は『古今和歌集』の流れを汲む優美で理知的なものとして評価されています。

夫・大江匡衡の功績

大江匡衡は、尾張国司として寺社の改修や木曽川の治水事業に尽力した人物です。その功績を記念する石碑が、公園内に赤染衛門の歌碑と並んで建立されています。この石碑は地元住民の有志と稲沢ライオンズクラブの協力によって2013年(平成25年)に完成し、稲沢市に寄贈されました。

尾張国司記念碑の特徴

尾張国司記念碑は高さ180センチメートル、幅120センチメートルの大きな石碑で、その歴史的意義を後世に伝える役割を担っています。

その他の関連施設

赤染衛門に関連する施設は他にも存在します。

赤染衛門の生涯

赤染衛門(天暦10年頃~1041年以降)は、大隅守・赤染時用の娘として生まれました。彼女の出生には複雑な背景があり、『袋草紙』には異父兄弟との関係が記されていますが、その後、彼女は文章博士・大江匡衡と結婚し、夫婦として稲沢での生活を送りました。

夫婦の絆

赤染衛門と大江匡衡は仲睦まじい夫婦として知られ、「匡衡衛門」と称されるほどでした。夫婦の間には少なくとも2人の子女が生まれ、赤染衛門は母としても深い愛情を注ぎました。

晩年と信仰

夫の逝去後、赤染衛門は信仰心を深め、各地の寺社を参拝したり、出家するなどして晩年を過ごしました。彼女の和歌は時の関白・藤原頼通にも評価され、自撰歌集を献上するなど、その文学的才能は晩年まで衰えを見せませんでした。

まとめ

赤染衛門歌碑公園は、平安時代の文学と歴史を感じることができる貴重な場所です。彼女の和歌や夫の業績を通じて、当時の文化や生活に触れることができます。訪れる際には、歌碑や石碑をじっくりと鑑賞し、その背景にある物語を味わってみてはいかがでしょうか。

Information

名称
赤染衛門歌碑公園
(あかぞめえもん かひこうえん)

尾張西部・一宮

愛知県