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真清田神社

(ますみだ じんじゃ)

真清田神社は、愛知県一宮市真清田に鎮座する由緒ある神社です。古代から尾張地方の信仰の中心として崇敬を集め、尾張国の一宮として長い歴史を誇ります。式内社(名神大社)であり、旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社に指定されています。

一宮市の中心部に位置し、市名や市章の由来とも深く関わっています。古くは尾張氏が奉斎した神社として始まり、地域の発展に寄与してきました。現在の社殿は、第二次世界大戦中の一宮空襲で焼失した後、戦後に再建されたものです。再建された社殿は、神社建築として国の登録有形文化財に登録されています。

文化財

真清田神社には、国の重要文化財に指定された木造舞楽面12面や朱漆器25点をはじめとする貴重な文化財が多く保存されています。また、毎年4月3日に行われる例祭「桃花祭(とうかさい)」は、神社の創建を祝う重要な行事として広く知られています。

祭神

主祭神

真清田神社の主祭神は、天火明命(あめのほあかりのみこと)です。この神は、神話において天照大神の孫神とされ、尾張氏の祖神ともされています。

過去の祭神説

歴史的には、国常立尊や大己貴命を祭神とする説も存在しました。国常立尊は天地開闢の神、大己貴命は土地神や農業神として崇められています。これらの祭神説が地域の伝承や文献によって語り継がれてきたことから、真清田神社が長い歴史を持つことがうかがえます。

歴史

創建

創建については、初代神武天皇の時代や第10代崇神天皇の時代とする説があり、いずれも古代に起源を持つとされています。『真清田神社縁起』や『尾張国一宮伝記』などの古文献に基づき、神武天皇33年に神社が現在の地に鎮座したという伝承も残っています。

社名の由来

社名の「ますみだ」の由来は定かではありませんが、古い文献には「真清田」や「真墨田」と表記されています。この表記の違いは、時代背景や言葉の解釈の変遷により生じたものと考えられます。

平安時代から中世

平安時代の国史において、真清田神社が初めて登場するのは承和14年(847年)です。その後、仁寿元年(851年)には官社に列し、名神大社として尾張国一宮の地位を確立しました。鎌倉時代には「一宮」として地域の中心的存在となり、この名称が現在の一宮市の由来となっています。

江戸時代以降

江戸時代には、尾張藩主徳川義直から多大な庇護を受け、社領の寄進を受けることで復興が進みました。また、寛永16年(1639年)には徳川義直の援助により、神社の規模が拡大され、現在の繁栄の基礎が築かれました。

祭事と行事

桃花祭

毎年4月3日に行われる「桃花祭」は、真清田神社の創建を祝う重要な祭事です。この祭りでは、地元の人々や参拝者が集まり、春の訪れとともに神々への感謝を捧げます。桃の花が咲き誇る中で行われるこの祭りは、神社の美しい風景と調和し、訪れる人々に感動を与えます。

現代の真清田神社

地域との関わり

真清田神社は現在でも一宮市の中心的な存在として、多くの参拝者や観光客を迎え入れています。地域の伝統や文化の象徴であり、市章や行事の中にもその影響が色濃く残っています。

境内

広大な敷地と再建された社殿

境内の広さは約30,090平方メートルに及び、戦後に再建された社殿が点在しています。昭和20年(1945年)の一宮空襲で焼失したため、昭和26年(1951年)から昭和32年(1957年)にかけて、主要な建物が新たに建てられました。 中でも、本殿、渡殿、北門および透塀、祭文殿は国の登録有形文化財に指定されています。

本殿の特徴

本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)で、屋根は銅板葺きとなっています。内部は前室、中陣、内陣に分かれており、周囲には縁が巡らされています。昭和29年(1954年)に再建されたこの本殿は、檜材を使用し、伝統的な技法で建設されています。

その他の主要建物

渡殿

渡殿は本殿と祭文殿をつなぐ建物で、切妻造妻入(きりづまづくりつまいり)の形状を持ちます。昭和29年(1954年)に再建されました。

祭文殿

祭文殿は広い一室で、切妻造平入(きりづまづくりひらいり)となっています。祭文殿の両脇からは翼廊が延び、東に祭具所、西に神饌所があります。拝殿も正面に配置され、昭和31年(1956年)に再建されました。

楼門

楼門は昭和36年(1961年)に再建されました。元の楼門は空襲による焼失を免れましたが、老朽化により再建が必要となりました。

中世の真清田神社の様子

室町時代頃の社頭を描いた「真清田神社古絵図」では、本殿や楼門、桃花祭の様子が記されています。この絵図を基に一宮市博物館では復元模型が展示され、当時の情景を間近に感じることができます。

摂末社とその歴史

摂末社の概要

真清田神社には摂社2社と末社36社があり、合計38社が存在します。これらの神社はそれぞれ独自の歴史と背景を持ち、多様な神々を祀っています。

摂社

三明神社

三明神社(さんみょうじんしゃ)は「印珠宮」とも呼ばれ、本宮の荒魂を祀る重要な神社です。桃花祭では山車が出され、多くの参拝者を楽しませています。

服織神社

服織神社(はとりじんじゃ)は織物の神を祀る神社として、織物産業が盛んな一宮市において特に重要な存在です。「一宮七夕まつり」として知られる織物感謝祭が開催される場としても有名です。

末社

境内には神明社、三末社、愛宕社、秋葉社など多くの末社があります。それぞれの社は特定の神を祀り、地域住民や訪問者に親しまれています。

真清田神社の祭事

一年を通じて行われる伝統的な行事

真清田神社では、一年を通じて様々な祭事が行われています。以下に主な行事を紹介します。

主要な祭事一覧

真清田神社の文化財

国指定重要文化財

真清田神社には歴史的価値の高い文化財が数多く保管されています。

木造舞楽面

鎌倉時代から南北朝時代にかけて制作された12面の舞楽面は、日本の舞楽史を物語る貴重な品々です。

朱漆角切盤・擎子

室町時代に制作された朱漆の工芸品は、当時の信仰と美術工芸の融合を象徴しています。

愛知県指定文化財

獅子頭

室町時代に制作された獅子頭は、彩色の美しさと歴史的価値が高い逸品です。

木造舞楽面7面

鎌倉時代から室町時代にかけて制作された舞楽面は、当時の仮面文化を理解する重要な資料です。

真清田神社にまつわる伝承

水神としての信仰

真清田神社は雨乞い祈願で知られ、弘法大師が祈願を行った際に「八頭八尾の龍」が現れたという伝承があります。

地元の歴史との関わり

「油田遺跡」は真清田神社の灯明料所として機能していたと伝えられています。また、当地は真清田大神が最初に降臨した場所ともいわれています。

宝物館の見どころ

真清田神社の宝物館では、舞楽面をはじめとする貴重な文化財が展示されています。開館時間は午前10時から午後3時までです。

アクセス

真清田神社は、一宮駅から徒歩圏内にあり、公共交通機関を利用して訪れることが可能です。周囲には商店街や観光スポットも多く、神社参拝とともに地域の魅力を楽しむことができます。

まとめ

真清田神社は、長い歴史と豊かな文化財を持つ神社であり、歴史的価値の高い文化財や伝統的な祭事を通じて、日本の文化と信仰を今に伝えています。古代から現代に至るまで地域の発展に寄与し、多くの人々に親しまれてきました。訪れる際には、神社の歴史や文化に触れながら、静かな時間を楽しんでみてはいかがでしょうか。

Information

名称
真清田神社
(ますみだ じんじゃ)

尾張西部・一宮

愛知県