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中高記念館

(ちゅうこう きねんかん)

中高記念館は、愛知県稲沢市国府宮2丁目7-17に位置する歴史的建築物です。「中高」とは中島郡高等小学校を意味し、この建物は中島郡高等小学校の正面玄関として機能していました。明治中期に建てられた学校建築の遺構として、非常に貴重な文化財とされています。稲沢市に現存する最古の近代洋風建築物でもあります。

歴史

禅源寺時代(1880年~1912年)

中高記念館は1880年(明治13年)10月17日、中島郡稲葉村禅源山(現・稲沢市稲葉1丁目)の禅源寺付近に建設されました。その目的や設計者は不明ですが、1887年(明治20年)4月、この建物が中島郡高等小学校として利用されました。この学校は後に多くの優れた人材を輩出しました。著名な卒業生としては、後の海軍大将・海軍大臣となった大角岑生氏がいます。

1891年(明治24年)の濃尾地震で建物は倒壊しましたが、その後再建されました。1892年(明治25年)の学制改正により校名が「稲沢高等小学校」に変更され、稲沢地域の教育の中核を担いました。

高御堂時代(1912年~1940年)

1912年(明治45年)、建物は稲沢町大字高御堂(現・稲沢市高御堂)に移築され、稲沢町役場として使用されました。その後、稲沢高等小学校の裁縫室としても利用されました。1929年(昭和4年)には役場が別の場所に移転し、建物は再び学校として活用されました。

稲沢中学校時代(1940年~1960年)

1939年(昭和14年)、創立50周年を記念して中高記念保存会が結成されました。卒業生の大角岑生氏を総裁として、建物の移転と保存が計画され、翌1940年(昭和15年)に稲沢市立稲沢中学校の敷地内へ移築されました。その後、一時的に宿直室や駐在員室としても使用されました。

国府宮2丁目時代(1960年~現在)

1960年(昭和35年)に現在の稲沢市国府宮2丁目へ移築されました。この場所は尾張大國霊神社(国府宮)の参道に面しており、稲沢市教育委員会事務局として利用されていました。1970年(昭和45年)に稲沢市役所新庁舎が竣工すると、建物は他の行政用途に使われるようになりました。

文化財としての価値

中高記念館は1975年(昭和50年)4月1日に稲沢市有形文化財に指定されました。その後、1976年と1977年に保存修理が行われ、建物は郷土資料館として活用されています。年に一度、稲沢まつりの文化財展として一般公開される機会もあります。

2022年(令和4年)の特別公開では、漫画家・佐藤まさあき氏の特別展が開催されるなど、多様な文化的行事が行われています。

建築の特徴

外観

中高記念館は総2階建て寄棟造の建物で、屋根は桟瓦葺です。正面中央には玄関車寄が設けられており、1階部分は吹き抜けになっています。外壁はペンキ塗りで仕上げられ、2階部分には漆喰塗りが施されています。

内部

1階と2階にはそれぞれ廊下があり、各部屋が効率的に配置されています。玄関車寄から入ると土間があり、明治期の校舎特有の設計が見られます。特に2階の部屋は教室を再現しており、歴史的な雰囲気を感じられる空間となっています。

まとめ

中高記念館は明治期の貴重な建築遺構であり、地域の歴史や文化を伝える重要な存在です。その独特な建築様式や歴史的背景は、訪れる人々に過去の記憶を呼び起こさせ、地域の誇りを感じさせるものです。ぜひ訪れて、歴史の風情を体感してみてください。

Information

名称
中高記念館
(ちゅうこう きねんかん)

尾張西部・一宮

愛知県