宝寿院は、愛知県津島市にある真言宗智山派の寺院で、山号は「牛頭山」です。本尊は薬師如来であり、厄除けや安産祈願の場として広く信仰を集めています。
寺伝によれば、弘仁9年(818年)、弘法大師(空海)が津島の地を訪れ、疫病に苦しむ人々のために堂を設け、薬師如来像を安置して祈祷したことが宝寿院の起源とされています。
江戸時代には、津島牛頭天王社(現在の津島神社)の神宮寺として本地堂が置かれ、周囲に実相院・明星院・宝寿院が並び立ち、神仏習合の形をとっていました。
明治時代の神仏分離により、1868年(明治元年)には神宮寺が廃止され、本地堂や鐘楼が破却されました。この際、宝寿院の住職・宥三が仏像や経典を保護し、一部は宝寿院へと移されました。宥三は本地堂の再建を試みましたが、それは実現しませんでした。
この神仏分離の経緯を記した「神仏分離顛末記宥三日記」は、現在、津島市指定文化財となっています。
1959年(昭和34年)の伊勢湾台風により大きな被害を受けましたが、1974年(昭和49年)に地蔵堂、1981年(昭和56年)に本堂が再建されました。現在も地域の人々に親しまれる祈祷寺院として、その信仰が受け継がれています。
貞和3年(1347年)の刻銘がある石塔。1967年に所有者が変わり、名古屋市内の個人邸宅を経て、現在は滋賀県大津市の南善坊に移築されています。
1918年(大正7年)に重要文化財(当時の旧国宝)に指定。現在は奈良国立博物館に所蔵されています。
本堂には本尊・薬師如来が安置されています。この仏像は、かつて津島牛頭天王社の本地堂に祀られていたもので、明治初年に宝寿院へ移されました。秘仏として守られ、毎年元旦から1月8日まで御開帳されます。
安産・子授けのご利益があるとされる地蔵菩薩が祀られています。平成18年(2006年)に再建された地蔵堂は、アショカ王の仏塔を模した独特のデザインです。
宝寿院は真言宗智山派に属し、弘法大師を祀る大師堂があります。毎月21日に御影供法要が行われ、先祖供養や交通安全祈願の場ともなっています。
かつて神仏習合時代の津島牛頭天王社にあった龍神信仰を引き継ぐ泉龍神社があります。境内には水琴窟が設置され、水をかけることで美しい音色を楽しむことができます。
一本の木が二股に分かれた後、再び枝が結びついた珍しい樹木。良縁成就や夫婦和合の象徴として信仰を集めています。
宝寿院は、厄除けや安産祈願の祈祷寺院として信仰を集めながらも、地域の人々が仏教の教えに触れ、心安らぐ場としての役割を担っています。四季折々の花々に囲まれた境内を歩きながら、お釈迦様の教えに思いを馳せることができるでしょう。
未来に向けて、より開かれた寺院として多くの人々が訪れる場となるよう、宝寿院はこれからも精進を続けていきます。