愛知県 > 尾張西部・一宮 > 立田輪中 人造堰樋門

立田輪中 人造堰樋門

(たつた わじゅう じんぞう せきひもん)

立田輪中人造堰樋門は、愛知県弥富市にある歴史的な水門で、弥富市指定文化財に認定されています。農業用水の管理と排水を目的として建設され、現在は輪中公園の一部として保存されています。

概要

立田輪中人造堰樋門は、かつて農業排水を鍋田川(木曽川の派川)に流すために建設された樋門です。「中山樋門」とも呼ばれ、地域の治水対策において重要な役割を果たしました。現在、周辺は整備され、輪中公園として親しまれています。

規模と構造

樋門部分

樋門の構造は以下のようになっています。

この樋門は水路の橋の役割も担い、以下の特徴があります。

歴史

建設の経緯

明治時代に実施された木曽三川分流工事(明治改修)により、立田輪中の取水源であった佐屋川が廃川となりました。また、悪水(農業排水)を流す鵜戸川の機能も低下しました。

このため、1901年(明治34年)、立田輪中悪水用水普通水利組合は以下の計画を立案しました。

しかし、愛知県に対する県費負担の陳情は却下されました。そのため、水利組合は勧業銀行から75,000円(現在の価値で約2~3億円)を借り入れ、県に拠出して工事を実施しました。翌1902年(明治35年)7月には、樋門を含む一連の施設が完成しました。

完成後の問題と改修

しかし、樋門の排水能力は期待ほどではありませんでした。その主な理由として以下が挙げられます。

結果として、水利組合は排水を断念し、樋門を「逆潮用水樋門」として農業用水の取水に転用しました。この取水により、鵜戸川を10キロメートル以上も水が遡上したと言われています。

後年の変遷

史跡としての保存

文化財指定と公園整備

近代土木遺産・産業遺産の認定

まとめ

立田輪中人造堰樋門は、当初の計画通りには機能しなかったものの、農業用水の取水や地域の水利確保に貢献しました。現在は輪中公園内に保存され、治水史を伝える貴重な遺産となっています。近代土木遺産や近代化産業遺産としての価値も高く、地域の歴史を学ぶ上で重要なスポットです。

Information

名称
立田輪中 人造堰樋門
(たつた わじゅう じんぞう せきひもん)

尾張西部・一宮

愛知県