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弥富市

(やとみし)

金魚の町 〜金魚とブンチョウの一大産地〜

弥富市は、愛知県の西部に位置し、日本有数の金魚の産地として知られる街です。市の歴史は古く、平安時代から発展してきました。地理的には、名古屋市や三重県四日市市へのアクセスが良く、交通の便が優れた地域でもあります。

弥富市の特産品

弥富金魚の魅力

弥富市は、日本における金魚の一大産地です。約100ヘクタールの養殖池があり、年間約5,000万匹の金魚を生産しています。尾数では奈良県大和郡山市に次ぐ規模ですが、品種数・養殖池の面積・売上高では日本一を誇ります。

日本国内で流通する約26種類の金魚すべてが弥富市で生産されており、その多様性と品質の高さで知られています。弥富市歴史民俗資料館では、約20種類の金魚が水槽展示され、観光客にも親しまれています。

文鳥の産地としての歴史

弥富市は、ブンチョウ(ハクブンチョウ)の産地としても有名です。特に江戸時代から続く養殖技術によって、高品質なブンチョウが生産され、全国へ出荷されています。

愛知県の南西部に位置する弥富市は、美しい自然や歴史的な名所が点在し、多くの観光客が訪れる魅力的な街です。ここでは、弥富市の観光スポットや名所・旧跡、祭事・催事、名産・特産について詳しくご紹介します。

観光スポット

森津の藤公園

「森津の藤」は、正保4年(1647年)に森津新田開拓の際に植えられたと伝えられる名木です。江戸時代の『尾張名所図会』にも掲載されるほど有名な藤棚が広がる公園で、毎年春には美しい藤の花が咲き誇ります。

また、藍亭(らんてい)と呼ばれる書斎があり、これは1902年(明治35年)に建築されたものを公園内に移築したものです。2017年(平成29年)から一般公開され、多くの人が訪れています。

春には「森津の藤まつり」が開催され、訪れる人々を魅了します。入園料は無料です。

愛知県弥富野鳥園

弥富市にあるこの野鳥園では、カモ・シギ・チドリなどさまざまな鳥が飛来します。園内には大型双眼鏡を備えた観察館があり、バードウォッチングを楽しむことができます。入園料は無料で、無料駐車場も完備されています。

弥富市歴史民俗資料館

この資料館では、民具・文化財の展示や、パネルや映像による歴史紹介が行われています。また、約20種類の金魚の水槽展示や、弥富市の特産である白文鳥も見ることができます。2022年2月に弥富市役所図書館棟1階に移転し、展示室は同年4月から一般公開されています。入館料は無料で、無料駐車場も利用可能です。

海南こどもの国

広さ約11万平方メートルを誇る児童総合遊園で、ナゴヤドーム2.3個分の広大な敷地にさまざまな遊具が設置されています。

三ツ又池公園

この公園では、芝桜約12万株が植えられており、毎年4月中旬から5月上旬にかけて美しい花が咲き誇ります。入園料は無料で、無料駐車場もあります。

名所・旧跡

寺院

史跡

祭事・催事

秋祭り

弥富市では、新田開発によって形成された40以上の村ごとに、毎年10月に秋祭りが開催されます。祭りでは、山車の奉納や郷土芸能の披露が行われます。

弥富ドンチキチン祭り

毎年8月には、一部の地区が「ウイングプラザパディー」の駐車場に集まり、「弥富ドンチキチン祭り」が開催されます。伝統芸能の披露や賑やかなイベントが行われ、地元の人々で賑わいます。

金魚日本一大会

弥富市は日本屈指の金魚産地として知られており、毎年「金魚日本一大会」が開催されます。この大会では、全国から最高品質の金魚が集まり、品評会が行われます。

名産・特産

郷土料理

弥富市では、水郷地帯ならではの淡水魚を使った料理が伝承されています。代表的なものには、以下のような料理があります。

これらの料理は、地域の伝統として受け継がれています。

弥富金魚

弥富市は弥富金魚の産地として知られており、「金魚日本一大会」が開催されるほどです。弥富市歴史民俗資料館では、弥富金魚の水槽が展示されています。

ブンチョウ

弥富市は、白文鳥の特産地としても有名です。明治時代初期に突然変異で純白の文鳥が誕生し、それを契機に飼育改良が進められました。現在でもハクブンチョウやサクラブンチョウの飼育が行われています。

弥富市の概要

市の成立と発展

弥富市は、2006年(平成18年)4月1日に海部郡弥富町が十四山村を編入合併し、市制施行しました。これにより、愛知県で35番目の市として誕生しました。

市の北部には鉄道や幹線道路が整備されており、名古屋市のベッドタウンとしての役割を果たしています。昭和40年代には住宅開発が進み、人口が増加しました。現在でもマンション開発が進んでおり、穏やかな成長を続けています。

都市と自然が調和する街

弥富市の北部は都市化が進んでいる一方で、南東部には広大な水田地帯が広がっています。そのため、都市部・農村部・海岸部が共存する豊かな地域を形成しています。

地名の由来

弥富(やとみ)という地名は、「いよいよ富む、いやがおうにも富む」ことを願って命名された瑞祥地名です。繁栄を願う意味が込められたこの名前は、現在の弥富市の発展を象徴するものとなっています。

弥富市の地理

位置と地形

弥富市は、名古屋市の西約20キロに位置し、鍋田川・木曽川を挟んで三重県と接しています。木曽川下流のデルタ地帯にあり、干拓によって開拓された土地の上に成り立っています。

濃尾平野の中にあり、市域の地面は海水面よりも最大で3メートルほど低い低湿地帯です。そのため、古くから洪水の被害を受けやすい地域でもあります。

気候

弥富市の気候は温暖で、夏は雨が多く、冬は乾燥しています。冬には北西から「伊吹おろし」と呼ばれる強風が吹くのが特徴です。

弥富市の歴史

古代 〜 平安時代

古代から平安時代にかけて、現在の弥富市の大部分は伊勢湾の海中にありました。そのため、この時期の遺跡はほとんど見られません。

平安時代末期になると、木曽川の土砂が堆積し、小島が形成されました。1106年(長治3年)の東寺文書には、この地が「市江」として開墾され、荘園として発展したことが記録されています。

戦国時代

戦国時代には、この地域に一向宗の勢力が強く根付きました。特に服部左京進(左京助・左京亮とも)は、この地を拠点に勢力を誇っていました。

1560年(永禄3年)の桶狭間の戦いの際には、今川義元の援軍として出兵し、織田信長に対抗しました。しかし、織田信長の勢力が拡大すると、1568年(永禄11年)に服部左京進は討たれ、一向宗の勢力は衰退していきました。

江戸時代

1607年(慶長12年)、徳川家康の命により「御囲堤」が設けられたことをきっかけに、大規模な干拓が進められました。これにより、新たな田畑が広がり、現在の弥富市の基盤が形成されました。

この時代には、漁業や海苔の養殖も盛んになり、特に「蓬莱海苔」として尾張藩主から称号を与えられるほどの名産品となりました。また、金魚と文鳥の養殖が始まったのもこの時代です。

明治・大正時代

明治時代に入ると、弥富市の金魚・文鳥の養殖がさらに発展しました。1872年(明治5年)には、前ヶ須に最初の商業地が設けられ、新たな経済拠点として発展していきました。

1889年(明治22年)の町村制施行により、鯏浦村・前ヶ須新田・五明村などが合併し、「彌富村(やとみむら)」が誕生しました。この村名には「いよいよ富む」という願いが込められています。

アクセス情報

鉄道・バス

弥富市にはJR関西本線・近鉄名古屋線・名鉄尾西線が通っており、名古屋市へのアクセスが便利です。また、市内にはバス路線が整備されており、市内移動もスムーズです。

車でのアクセス

東名阪自動車道の弥富ICや伊勢湾岸自動車道の湾岸弥富ICがあり、車でのアクセスも良好です。名古屋市中心部からは約30分で到着します。

まとめ

弥富市は、日本有数の金魚の産地として知られるだけでなく、豊かな自然と歴史を持つ魅力的な地域です。観光スポットとしては、金魚養殖の見学や、歴史ある街並みの散策が楽しめます。名古屋からのアクセスも良いため、日帰り旅行にも最適です。ぜひ一度、弥富市を訪れてその魅力を体験してみてください。

Information

名称
弥富市
(やとみし)

尾張西部・一宮

愛知県