日間賀島は、愛知県知多郡南知多町に属する三河湾の離島です。知多半島南端から東へ約3kmの位置にあり、全域が三河湾国定公園に含まれています。
島の地形は比較的平坦で、最高標高は30.2m。「タコとフグの島」が名物として知られており、夏と冬で異なる味覚を楽しむことができます。篠島や佐久島とともに「三河湾三島」または「愛知三島」と呼ばれることもあります。
日間賀島は、漁業と観光を主要産業とする島です。島の一周は約5.5kmと小さく、西港と東港の2つの港に定期便が発着しています。三河湾に囲まれた自然豊かな環境の中で、人々は海と深い関わりを持ちながら暮らしています。特に、「タコとフグの島」として全国的に知られ、多くの観光客が訪れます。
日間賀島の特産品として特に有名なのがタコとフグです。「多幸(タコ)の島、福(フグ)の島」との愛称で親しまれ、地元の名産品を楽しむことができます。
日間賀島は、愛知県内の離島の中で最も観光客数が多い島です。平成28年(2016年)には年間約28.4万人もの観光客が訪れました。島の人々の温かいおもてなしと、美しい自然、そして美味しい海の幸が、多くの人々を惹きつけています。
日間賀島の象徴ともいえる「タコのモニュメント」は、東港と西港の両方に設置されています。訪れた記念に写真を撮る観光客も多く、島のシンボルとして親しまれています。
日間賀島の校歌では「知多半島の東に浮かぶ、ゆめの島」と歌われており、まるで日常を忘れさせてくれるような、穏やかで魅力的な島時間を楽しむことができます。
日間賀島では、年間を通して新鮮な海の幸を楽しむことができます。特に名物のタコは一年を通じて味わえますが、季節ごとに異なる海の幸も楽しみのひとつです。
春には、白ミル貝(波美貝)、たいらぎ(たいら貝)、大あさり、しゃこなどの貝類が旬を迎えます。
夏には、ハモ、ウニ、サザエ、穴子、車海老などが美味しく、特にウニや車海老は絶品です。
秋には、紅葉鯛(天然真鯛)、ワタリガニ、伊勢海老などが旬となります。特に伊勢海老は、身が締まり甘みが増す季節です。
冬の主役はなんといっても「トラフグ」です。漁期は10月から3月までで、日間賀島周辺で獲れたフグはその美味しさから評判となり、一部は下関に出荷されるほどです。
日間賀島では、さまざまなアクティビティを楽しむことができます。特に春から秋にかけては、自然体験プログラムが充実しています。
また、年間を通してサイクリングや島内散策、パワースポット巡り、堤防釣りや船釣りなども楽しめます。
近年、日間賀島は「癒やされる旅」「元気になる旅」としても注目されています。以下のようなリラクゼーションプログラムが人気です。
夏には、子ども向けの「キッズアドベンチャー」も人気です。家族で楽しめるアクティビティが豊富に用意されています。
日間賀島の東里にある安楽寺は、聖観音を本尊とする曹洞宗の寺院です。もともとは天台宗の寺院でしたが、慶安4年(1651年)に曹洞宗へと改宗されました。
境内には「たこ阿弥陀」と呼ばれる阿弥陀如来像が安置されています。この仏像は、大だこに抱かれたまま海から引き揚げられたとされ、地元の人々の信仰を集めています。
西里にある長心寺は、子安観音を本尊とする曹洞宗の寺院で、大永年間(1521年-1528年)に創建されました。安産や子どもの成長を願う人々が多く訪れる寺院です。
呑海院は、元亀元年(1570年)に開創された曹洞宗の寺院で、本尊の弘法大師像が鯖を抱えていることが特徴的です。
天正15年(1587年)に創建された真言宗の寺院であり、知多四国霊場の一つとして巡礼者にも親しまれています。
日間賀神社は、かつて八王子社と呼ばれていました。応永19年(1412年)に篠島の神明神社を勧請し、八王子神明宮と改称。その後、1871年(明治4年)に現在の名称となりました。
日間賀島は知多半島や渥美半島まで10km以内と距離が近く、本土との生活交流も活発です。そのため、国土交通省の分類では「内海本土近接型離島」に該当します。
周囲には西港の正面にある鼠島や角石(角石島)、干潮時に姿を現す下瀬(下瀬島)などの属島があります。角石と下瀬は師崎からの航路付近に位置し、それぞれ灯台が設置されています。また、島の北東部にも無数の浅瀬が広がり、佐久島との中間にある大磯にも灯台が設置されています。
日間賀島の面積は0.77km²で、皇居の約半分に相当します。島の森林面積はわずか4%であり、篠島(森林面積24%)、佐久島(森林面積31%)と比べると、森林が少ないのが特徴です。
島内には比較的広い耕地もあります。1960年代から1970年代にかけてオリーブ、フキ、ウメなどの栽培が試みられましたが、定着には至りませんでした。現在は三河湾三島に農業経営体は存在しません。
日間賀島を含む三河湾三島の気候は温暖で、年平均気温は約16℃です。結氷や降霜は少なく、降雪もほとんど見られませんが、冬季には強い季節風が吹くことがあります。
1970年代の年間降水量は1,310mmでしたが、2005年から2011年の南知多町本土の平均1,469mmと比較すると、やや少なめです。
日間賀島には古くから人々が生活しており、東港近くの日間賀神社境内には7世紀から8世紀にかけての古墳(北地古墳群)が14基あります。島全体では35基の古墳が確認され、石錘・釣針・直刀・須恵器などの遺物が出土しています。
奈良時代の文献には「三河国幡豆郡比莫島」という名称が記されており、平城京へサメやクロダイが調進されていました。江戸時代には尾張国知多郡に属し、尾張藩領のもと篠島とともに千賀氏が支配しました。
当時の主産業は漁業で、とくにコノワタ(ナマコの腸)の生産が盛んでした。元禄4年(1691年)の記録では、島内に121艘の漁船があり、知多郡内で最も多くの船を有する地域でした。
明治時代に入ると、日間賀島は1876年(明治9年)に本土の師崎村・篠島村と合併し「鴻崎村」となりましたが、1881年(明治14年)に分離し、単独で「日間賀島村」となりました。その後、1889年(明治22年)には町村制の施行により知多郡日間賀島村が正式に成立しました。
この時期には、漁業に加えて養蚕業も盛んになりました。また、漁業の形態も変化し、江戸時代まで三河湾内に限定されていた漁場が、明治以降は外海へ拡大されました。特に大正時代以降は漁船の動力化が進み、1965年(昭和40年)にはほぼ全ての漁船が動力船となりました。
1957年(昭和32年)、日間賀島は離島振興法の第7次指定地域となり、篠島・佐久島とともに「愛知三島」の一つに指定されました。その後、1961年(昭和36年)には本土3町(内海町・豊浜町・師崎町)と離島2村(篠島村・日間賀島村)が合併し、南知多町が誕生しました。
また、1958年(昭和33年)には三河湾国定公園に指定され、1991年(平成3年)には「三河湾地域リゾート整備構想」の重点整備地区に指定されました。これにより、観光振興が一層推進されることとなりました。
平成の大合併時には、南知多町と美浜町の合併が検討されましたが、新市名候補「南セントレア市」に対する住民の反対が強く、合併は実現しませんでした。
2011年(平成23年)には「愛知の離島80日間チャレンジ」という観光振興キャンペーンが実施され、27歳の女性アマチュア歌手が日間賀島に80日間滞在し、島のテーマソングを制作するなどの活動が行われました。
また、2012年(平成24年)には佐久島に滞在したイラストレーターによって、日間賀島のゆるキャラ「たこみちゃん」がデザインされ、島のシンボルとして親しまれるようになりました。
日間賀島の経済を支える大きな産業の一つが水産業です。イカナゴやシラスなどの漁船漁業、海苔などの養殖業、水産加工業が盛んで、島の特産品として広く知られています。
1989年には、九州近海でのフグの不漁を機に「フグの島」としてのPRが始まり、1996年には名鉄が「日間賀島ふぐづくしプラン」を売り出しました。その結果、「フグの島」というイメージが定着しました。2006年には愛知県が全国で最も多くトラフグを漁獲しており、特に12月の漁獲量が多いのが特徴です。
また、1995年からは南知多ビーチランドからイルカを借り出し、海水浴場で泳がせることで「イルカの島」としてもPRを行っています。
日間賀島のもう一つの主要産業が観光業です。2011年には約253,000人の観光客が訪れ、その内訳は海水浴客が約23,000人、釣り客が約90,000人、その他の観光客が約140,000人となっています。ただし、1991年の約430,000人からは減少傾向にあります。
島の名物であるタコとフグは観光の目玉となっており、特に夏のタコ料理、冬のフグ料理が人気です。1980年代半ばから「タコの島」としてのアピールを始め、東西の港にはタコのオブジェが設置されています。また、マンホールのふたにもタコのデザインが施されるなど、島全体でタコをテーマにした装飾が見られます。
1989年には、サメ漁やタコ漁に用いられる漁具などを展示する「日間賀島資料館」が開館しました。また、2012年に新築移転された日間賀島駐在所はタコをイメージした赤い外観となっており、観光スポットの一つとしても人気があります。
日間賀島へは、名鉄海上観光船が運航する高速船やカーフェリーを利用してアクセスできます。南知多町の師崎港から日間賀島の東港・西港、篠島港を結ぶ定期高速船があり、「師崎-篠島-日間賀島-師崎」の順に巡航します。師崎港から日間賀島までは約15分の短時間で到着します。
また、三河湾にある佐久島とは定期航路がないものの、海上タクシーを利用して行き来することが可能です。名鉄がこの離島航路に参入したのは1937年であり、1979年には高速船の運航が開始されました。
日間賀島には国道や愛知県道は通っていませんが、道路の舗装率は85.5%と比較的高く、快適に移動できます。2011年時点で、島内には1,427台の自動車が登録されており、原動機付自転車や軽自動車が多く利用されています。
また、東港近くには三河湾三島で初の交通信号機が設置されており、通常は終日点滅運用となっています。定期バス路線はないものの、夏季限定で無料の島内巡回バスが運行されるため、観光客にとっても便利です。
さらに、2020年1月25日~27日には、自動運転バスの実証実験が行われ、新しい交通手段の可能性も探られています。荷物の輸送については、ヤマト運輸が本土の師崎港からトラックをカーフェリーに載せて日間賀島や篠島へ運搬し、集配業務を行っています。
日間賀島は、古代からの歴史と伝統を持ち、豊かな自然と漁業資源に恵まれた島です。近年では観光地としての魅力も高まり、多くの人々が「タコとフグの島」を訪れるようになりました。一年を通して楽しめるアクティビティが豊富で、リラクゼーションや食の楽しみも充実しています。都会の喧騒を離れ、ゆったりとした島時間を満喫しながら、日間賀島ならではの魅力をぜひ体験してください。