乾坤院は、愛知県知多郡東浦町にある曹洞宗の寺院で、山号は宇宙山(うちゅうざん)、寺格は中本山別格地です。
この寺院は、室町時代に創建され、水野氏の菩提寺として発展しました。江戸時代には尾張徳川家の庇護を受けた歴史ある寺院であり、現在もその遺産を伝えています。
乾坤院は、文明7年(1475年)に緒川城の初代城主である水野貞守によって創建されました。水野家の菩提寺として建てられたこの寺院は、歴代の水野氏によって手厚く保護されました。
徳川家康の生母である伝通院(於大の方)は、4代目城主水野忠政の娘でした。そのため、乾坤院では伝通院の供養も行われており、江戸時代には尾張徳川家の庇護を受け、格式の高い寺院として存続しました。
2016年(平成28年)3月4日、乾坤院で火災が発生し、本堂、座禅堂、堅雄堂が全焼するという大きな被害を受けました。人的被害はありませんでしたが、町文化財5点のうち3点が被害を受けました。
幸いなことに、愛知県指定有形文化財は名古屋市博物館に預けられていたため、火災の被害を免れました。
2019年(令和元年)5月11日、本堂の再建工事が完了し、落慶式が行われました。新たに建てられた本堂は、かつての荘厳な姿を取り戻し、多くの参拝者を迎えています。
「乾坤(けんこん)」とは、八卦における西北(乾)と南西(坤)の方位を指します。乾坤院は、緒川城から見て西方(乾と坤の間)に位置することから、この名前が付けられました。
また、「乾坤」には「天と地」という意味もあり、その壮大な意味合いから、山号を「宇宙山」としました。
乾坤院の開山には、水野貞守と親交のあった逆翁宗順が迎えられました。しかし、逆翁宗順は自身の師であり、漢学者としても知られた川僧慧済を勧請開山とし、自身は二世住職となりました。
しかし、川僧慧済は開山の2か月後に亡くなったため、実際には乾坤院に訪れることはありませんでした。
乾坤院の隣には宇宙稲荷大明神が鎮座しています。この稲荷神は、明応年間(1492年~1501年)に、緒川城内へ伏見から勧請されたものです。
武将たちは出陣の際にここで戦勝祈願を行ったと伝えられています。また、地元の民話「狐の嫁入り」の発祥の地とも言われ、地域の伝説とも深く結びついています。
2019年に再建された本堂は、新たに建てられたにもかかわらず、伝統的な建築様式が取り入れられ、荘厳な雰囲気を持っています。
乾坤院には、水野貞守をはじめとする水野家四代の墓所があり、歴史好きの方には見逃せないスポットとなっています。
乾坤院は、水野氏の菩提寺としての歴史を持ち、徳川家康とも深い関わりがある由緒ある寺院です。
2016年の火災で一時は失われたものの、2019年に本堂が再建され、再びその美しい姿を取り戻しました。
また、隣接する宇宙稲荷大明神は、戦国時代の戦勝祈願の神として信仰され、「狐の嫁入り」の伝説にも関連する興味深いスポットです。
歴史と伝統が息づく乾坤院を訪れ、古の時代に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。