岩屋寺は、愛知県知多郡南知多町にある寺院で、尾張高野山宗の総本山です。山号は「大慈山」、別名「岩屋観音」とも呼ばれています。本尊は千手観音菩薩で、知多西国三十三所霊場の第一番札所、および知多四国霊場の第四十三番札所としても知られています。
岩屋寺の創建は古く、伝承によれば霊亀元年(715年)に元正天皇の勅願所として行基菩薩によって開かれたとされています。かつては「千眼光寺」と称されていました。
また、大同3年(808年)には弘法大師空海がこの寺の「奥之院」を開いたと伝えられています。長い歴史の中で本堂はたびたび火災によって焼失しましたが、文化年間(1804年 - 1818年)には、尾張藩主・徳川斉朝の依頼により、天台宗の密教僧・豪潮律師によって再興されました。
寺の境内には「大本堂」と「奥之院」の二つの主要な伽藍があり、さらに裏山の山頂には、弘法大師像や不動明王などの五仏が祀られています。また、裏山の「大師ヶ嶽」の参道には、豪潮律師が開眼したとされる八十八大師像と五百羅漢像が並び、地元では弘法大師への信仰が厚い寺院として知られています。
昭和26年(1951年)には天台宗から独立し、尾張高野山宗を称する一派を形成しました。
本堂にはご本尊である千手観音菩薩をはじめ、多くの神仏が祀られています。外陣は土足のまま参拝可能で、内陣は個別祈祷や大祭などの際に使用されます。本堂内では御朱印や授与品を受けることもできます。
弘仁5年(814年)、弘法大師空海が知多半島に上陸し、この岩屋の地で百日間の護摩修法を行ったと伝えられています。現在でも毎月17日には護摩法要が執り行われています。
一切経が収蔵されていた経蔵は、寛政11年(1799年)に着工し、2年後に完成しました。輪蔵は文化9年(1812年)に完成し、約15年の歳月をかけて建造されました。八百両から千両の費用を要したと伝わります。
文政三年(1820年)、当山の住職であった豪潮律師によって開眼された羅漢像です。一体一体に異なる表情があり、歴史を感じることができます。
昭和30年(1955年)、尾張高野山宗開祖の豪鉄大僧正が、大師ヶ嶽の山頂に弘法大師像を開眼しました。山頂からは伊勢湾や山海海岸を一望できます。
通常、松の葉は二本に枝分かれしていますが、この松の葉は三本に分かれています。そのため、子宝成就や安産祈願、恋愛成就を願う参拝者が多く訪れます。
岩屋寺へは公共交通機関の利用が可能ですが、アクセスには注意が必要です。
車でのアクセスも可能で、本堂前や奥之院入口に駐車場があります。ただし、奥之院入口の駐車場は台数が限られているため、本堂前の駐車場を利用して徒歩での参拝がおすすめです。