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阿久比町(愛知県)

(あぐいちょう)

阿久比町は、愛知県の南部に位置し、知多郡に属する町です。知多半島のほぼ中央部に位置しており、知多半島にある10自治体の中で、阿久比町大府市のみが海に面していません。自然豊かな町で、歴史と文化が息づく名所旧跡が数多く存在します。城跡や寺院、神社に加え、古墳や史跡、さらには地元ならではの祭事や特産品も充実しており、訪れる人々に多彩な魅力を提供しています。

ホタルの町としての取り組み

阿久比町は、「自然と人間の共生 ホタルを守ろう」を合言葉に、1983年(昭和58年)からホタル保護活動を始めました。町全体での取り組みとして、町民協力による生息分布調査、小学校での人工飼育、「ふれあいの森」内の「ホタル養殖場」での調査研究などが行われています。

1994年(平成6年)には町制50周年記念事業として「ほたるサミットあぐい’94」が開催され、その翌年から7月1日「あぐいほたるの日」と制定しました。現在でも、この日を中心にホタルの生息環境保護に向けたイベントが行われ、町の魅力の一つとして親しまれています。

阿久比町の観光

名所・旧跡

主な城郭

坂部城跡は、かつて久松氏が居城としていた歴史的な場所で、現在は阿久比町立図書館の横に位置する城山公園として整備されています。この城は、阿久比城阿古屋城阿古居城英比城など、さまざまな別名で知られており、町指定文化財にも認定されています。

宮津城跡は、新海氏が居城としていた跡地で、現在は秋葉神社が祀られています。往時の面影を残すのは、わずかに残された堀切のみとなっています。別名として柳審城と呼ばれることもあります。

主な寺院

洞雲院は、徳川家康の生母である於大の方が再嫁した久松松平家の菩提寺として知られています。由緒正しい寺院であり、歴史ファンにとっては見逃せないスポットです。

正盛院は、創建に関わった栄信正盛尼(水野忠政の娘)にちなんで名付けられた寺院です。落ち着いた雰囲気の中で、歴史の重みを感じられる場所となっています。

平泉寺もまた、地域に根ざした歴史と文化が息づく寺院として、訪れる人々に静かな癒しの時間を提供しています。

主な神社

阿久比町には数々の神社が点在し、地域の信仰と伝統を受け継いでいます。それぞれの神社は、四季折々の祭事とともに、町の文化や歴史を色濃く伝えています。

主な遺跡

二子塚古墳(ふたごづかこふん)は、知多半島で唯一とされる前方後円墳で、阿久比川の沖積地に位置しています。この古墳は古墳時代中頃(5世紀)のものと推測され、1980年7月1日に町指定文化財として登録されました。古代の歴史を今に伝える貴重な遺跡として、多くの歴史愛好家が訪れています。

主な史跡

板山長根古窯は、1978年に発掘調査が行われた古窯で、平安時代末期から鎌倉時代にかけて使用されていたと推測されています。現在では県指定文化財に指定されており、当時の陶器作りの様子をしのぶことができます。

観光スポット

阿久比町には、家族連れやアウトドア愛好家に人気の施設が数多くあります。

阿久比町立阿久比スポーツ村では、様々なスポーツ施設が充実しており、阿久比町立阿久比スポーツ村野球場(旧名鉄阿久比グラウンド)も併設されています。

ふれあいの森は、広場、公園、デイキャンプ場、パターゴルフ場、体育室などが整備された複合レジャー施設です。自然と触れ合いながら、リラックスした時間を過ごすことができます。

花かつみ園では、阿久比町北西部の下芳池に自生していたノハナショウブを「幻の花・花かつみ」として復活させ、栽培地を公園として整備しています。訪れる人々に、優雅で幻想的な花の景観を楽しませてくれます。

文化・祭事

伝統的な祭礼

横松の祭礼は、神明社の祭礼で、毎年4月の第4日曜日とその前日の土曜日に開催されます。知多型の山車が1台あり、町内を練り歩く様子は壮観です。

萩の祭礼は、大山祇神社で行われる祭りで、4月第2日曜日とその前日の土曜日に開催されます。狭い地区内を知多型の大山車(おおやまぐるま)が曳かれ、萩の坂下ろしと呼ばれる勇壮な場面は、遠方からも多くの観光客を引き寄せます。

宮津の祭礼は、熱田社の祭りで、4月第3日曜日とその前日の土曜日に行われます。南組と北組、それぞれに知多型の山車が1台ずつあり、地区内を賑やかに巡行します。

大古根の祭礼は、八幡神社の祭礼で、同じく4月第3日曜日とその前日の土曜日に行われ、知多型の山車が曳き回されます。

その他の伝統行事

虫供養は、秋の彼岸のお中日(9月23日)に行われる行事で、町内の13地区を順番に巡ります。愛知県の無形民俗文化財に指定されており、長く受け継がれる伝統行事です。

おせんぼは、洞雲院で毎年3月中旬の日曜日に開催される法会です。正式名称は観音懺摩法会で、徳川家康の生母・於大の方が、戦国時代の女性の悲しみが二度と繰り返されないようにと祈願したことが起源とされています。

阿久比町の名物

ヘイケボタルは、阿久比町の豊かな自然を象徴する昆虫で、町内では自然繁殖している個体群が見られます。ふれあいの森には養殖場も設置されており、幻想的な光景を楽しむことができます。

アコヤガイは、古くからこの地域で採れた真珠を「阿古屋珠(あこやだま)」と呼んだことに由来し、現在でも真珠産業の歴史を感じさせる名産品です。

阿久比町の地理と自然

地理的特徴

古くは地域全体が「英比(あぐい)谷」と呼ばれていました。伊勢湾や三河湾に面しておらず、町の地形は丘陵とその間に広がる狭小な盆地から成り立っています。阿久比川が町の中心を南北に流れ、川沿いには名鉄河和線県道55号が走っており、町の南北の交通の要となっています。

自然の景観と名所

南部の植大地区は、隣接する半田市の岩滑地区出身の童話作家、新美南吉の作品とゆかりのある地域です。権現山と呼ばれる小山や、矢勝川は、彼の代表作『ごんぎつね』の舞台のモデルとされています。

また、矢勝川の水源である半田池は、童話『おぢいさんのランプ』にも登場する場所であり、自然と文学が融合した風景が広がっています。

地形の特徴

阿久比町の最高地点は植大陶ヶ峯地内に位置し、海抜74.7メートルです。一方、最低地点は横松字前田地内で、海抜0.1メートルと非常に低い場所もあります。

主要な山と川、池

山地

権現山は、町内で最も知られる山であり、地元のシンボルとして親しまれています。

河川

町を流れる主要な川は矢勝川で、自然環境を守るうえでも重要な役割を果たしています。

湖沼

半田池は、歴史と文化に彩られた池であり、地元住民にとって憩いの場となっています。

阿久比町の歴史

古代から中世までの歴史

阿久比という地名が文献に初めて登場するのは、藤原宮跡から出土した694年(甲午年)の木簡に「阿具比里」と記されていたことに始まります。平安時代以降、この地は知多郡英比郷と呼ばれ、さまざまな書き方でその名が記されました。

戦国時代と久松氏の台頭

中世後期には、久松氏という武士が当地を支配しました。久松氏は、南北朝時代に後醍醐天皇に仕えた菅原定長の子、定範が当地に根付いたことに始まります。その後、織田信秀・信長親子の時代に、水野氏の傘下として台頭しました。

特に、久松俊勝は徳川家康の母である於大と結婚し、その縁から久松氏は徳川家に仕えることになります。しかし、1577年(天正5年)佐久間信盛の怒りを買って久松信俊が殺害され、阿久比における久松氏の支配は終わりを迎えました。

近世から近代への発展

江戸時代には現在の町域に16の村が存在し、俗に「英比谷16か村」と呼ばれていました。これらの村は明治時代の合併により阿久比村となり、1906年(明治39年)に再び統合されました。1953年(昭和28年)には町制を施行し、現在の阿久比町が誕生しました。

交通の利便性

鉄道

名古屋鉄道河和線が町内を南北に走り、以下の駅が利用可能です。

また、巽ヶ丘駅(知多市)はホームの南側が阿久比町に跨っています。

バス

阿久比町では、阿久比町循環バス「アグピー号」が運行されています。2011年から試験運行を開始し、翌年から本格運行されました。ブルーラインオレンジラインの2路線があり、運賃は無料です。年末年始を除き、毎日運行されています。

道路

阿久比町には国道は通っていませんが、主要地方道として以下の道路が整備されています。

橋梁

オアシス大橋1989年(平成元年)に開通し、町役場前から宮津団地を結ぶ重要な橋です。橋の欄干にはホタルの電飾と「歓喜の歌」の音符がデザインされています。開通式には三笠宮寬仁親王ご夫妻も出席しました。

阿久比町は、歴史、文化、自然が融合した魅力あふれる観光地として、多くの訪問者に親しまれています。ぜひ一度訪れて、その豊かな歴史と文化に触れてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
阿久比町(愛知県)
(あぐいちょう)

知多半島・常滑

愛知県