あま市は、愛知県の北西部に位置し、尾張地方に含まれる都市です。名古屋市の西に隣接し、交通の便が良いため、名古屋のベッドタウンとして発展しています。七宝焼の伝統工芸や、戦国時代の名将にゆかりのある史跡が数多く存在し、神社仏閣や古戦場跡、歴史資料館なども点在しています。
あま市の七宝地区では、江戸時代末期から伝統工芸品である七宝焼の製造が盛んに行われてきました。七宝焼は、金属の表面にガラス質の釉薬を焼き付ける技法を用いた美しい工芸品で、経済産業省指定の伝統的工芸品にも選ばれています。「尾張七宝」として全国的に有名であり、七宝焼に関する資料館などもあります。
美和地区は、戦国時代に活躍した蜂須賀正勝や福島正則などの武将を輩出した地域です。蜂須賀正勝は、豊臣秀吉の家臣として活躍し、その子孫は徳島藩主となりました。また、福島正則は、賤ヶ岳の七本槍の一人として名を馳せ、後に広島城主となった人物です。
甚目寺地区には、国の重要文化財を5件有する「甚目寺観音」があります。この寺院は、尾張四観音の一つに数えられ、古くから地域の信仰を集めてきました。また、日本で唯一、漬物の神様を祀る「萱津神社」もこの地区にあり、漬物の発祥地としても知られています。
あま市の地場産業の一つに「刷毛(はけ)」の生産があります。1970年(昭和45年)には、日本一の生産量を誇り、1973年(昭和48年)には、甚目寺地区だけで全国の7割を生産していました。現在でも、伝統技術を受け継ぐ職人たちが活躍しています。
あま市を代表する歴史的な名所といえば「甚目寺観音」です。正式には「甚目寺(じもくじ)」と呼ばれるこのお寺は、奈良時代に創建されたと伝えられています。尾張四観音の一つに数えられ、厄除けや開運祈願のご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れます。
あま市は、日本の伝統工芸である「七宝焼(しっぽうやき)」の発祥地としても知られています。七宝焼とは、金属の表面にガラス質の釉薬を焼き付け、美しい色彩を生み出す技法です。市内には「七宝焼アートヴィレッジ」という施設があり、七宝焼の歴史や技術を学びながら、実際に制作体験をすることができます。
あま市木田地区には、地元で親しまれている「木田の大仏」があります。正式名称は「阿弥陀如来坐像」で、約4メートルの高さを誇る立派な大仏です。地域の人々が大切に守り続けてきたこの大仏は、訪れる人々に安らぎを与えてくれます。
市内には自然を楽しめる公園も多く、「甚目寺公園」はその代表的な存在です。広々とした敷地内には遊具や芝生広場があり、家族連れや散歩を楽しむ人々でにぎわいます。春には桜が美しく咲き誇り、お花見の名所としても人気です。
七宝町発祥の「七宝焼そば」は、あま市ならではのご当地グルメです。濃厚なソースと香ばしい焼きそばの風味が絶妙にマッチし、一度食べたらやみつきになる美味しさです。地元の食堂やイベントなどで味わうことができます。
あま市には、昔ながらの和菓子店も多く存在します。特に、甚目寺観音の参拝者に親しまれている「観音まんじゅう」は、ほんのり甘くてしっとりした食感が特徴。お土産にもおすすめです。
毎年1月には甚目寺観音で「初詣」が行われ、多くの参拝者でにぎわいます。また、2月の「節分祭」では、厄除けの豆まきが行われ、福を呼び込むための伝統行事として多くの人々が訪れます。
夏には「あまつり」が開催され、市内全域でお祭りムードに包まれます。地域の伝統的な踊りや屋台、花火大会などが楽しめ、地元の人々はもちろん、観光客も一緒に盛り上がることができます。
あま市には、戦国時代や古代にまつわる城跡や遺跡が数多く残されています。
あま市には、歴史のある神社や仏閣が点在し、地域の信仰の中心となっています。
あま市は、2010年(平成22年)3月22日に、海部郡の七宝町、美和町、甚目寺町が合併して誕生しました。愛知県内で37番目の市となり、平成の大合併における最後の合併でした。
市名は、合併協議会で候補名の中から選ばれたもので、もともと3町が属していた「海部郡(あまぐん)」の「海部」をひらがなにした「あま市」となりました。これは、地元選出の政治家である海部俊樹(かいふとしき)氏の名前と混同を避ける目的もあったと言われています。
あま市のほぼ全域が海抜ゼロメートル地帯にあり、地形は比較的平坦です。濃尾平野に位置し、昔から農業が盛んな地域でしたが、現在は名古屋のベッドタウンとして発展しています。市内には名鉄津島線が横断し、名古屋第二環状自動車道が南北に通っています。
あま市の気候は、太平洋側気候に属します。夏は高温多湿で蒸し暑く、冬は乾燥した晴天が続くことが多いです。冬季には、伊吹山から吹き下ろす冷たい「伊吹おろし」の影響で、体感温度が下がることがあります。稀に積雪が20cmを超えることもあります。
市内には、弥生時代以降の遺跡が数多く点在しています。特に、弥生時代後期の「阿弥陀寺遺跡」や「森南遺跡」では、多くの住居跡や土器が発見されています。また、古墳時代には「二ツ寺神明社古墳」が築かれましたが、被葬者は不明です。
甚目寺観音の起源は、推古天皇5年(597年)に伊勢国の漁師・甚目龍麻呂が、漁の際に網にかかった観音像を祀ったことが始まりとされています。この観音像は、金銅仏の聖観世音菩薩であり、後に甚目寺観音として発展しました。
鎌倉時代には、鎌倉街道が整備され、あま市の萱津宿が宿場町として発展しました。特に、源頼朝や北条時政などの武将がこの地に立ち寄った記録が『吾妻鏡』などの史料に残されています。
戦国時代には、美和地区から蜂須賀正勝、福島正則らの武将が輩出されました。また、戦乱の舞台となった「萱津の戦い」も、この地域で起こった戦いの一つです。
あま市へは、名鉄津島線を利用すると便利です。名古屋駅から津島線に乗車し、甚目寺駅・七宝駅・木田駅のいずれかで下車すれば、市内の主要スポットにアクセスしやすくなります。
車で訪れる場合は、名古屋第二環状自動車道(名二環)や東名阪自動車道を利用するとスムーズです。市内には駐車場が整備された観光施設も多いため、ドライブにも適しています。
あま市は、歴史と伝統に彩られた魅力的な都市です。甚目寺観音のような歴史的な社寺、戦国武将ゆかりの地など、見どころが豊富です。伝統工芸の七宝焼や刷毛の生産地としても知られ、特産品も多彩です。年間を通じて様々な祭事が行われ、地域の活気を感じられるのも魅力の一つです。名古屋市にも近く、交通の便が良いため、歴史散策や文化体験を楽しむには最適な場所と言えるでしょう。歴史と文化を楽しむ旅に、ぜひあま市を訪れてみてはいかがでしょうか。