藤川宿は、東海道五十三次の37番目の宿場町として、かつて旅人たちの重要な休息地となっていました。現在の愛知県岡崎市藤川町周辺に位置し、その歴史的な面影を今に伝えています。
この地域の住民の多くは「ふじかわじゅく」と呼ぶことが一般的です。藤川宿には「藤川宿資料館」があり、貴重な資料の閲覧が可能なほか、専用の駐車場も完備されています。また、国道1号沿いには「道の駅藤川宿」が整備され、地域の特産品などを楽しむことができます。
藤川宿は、東海道が三河高原を横断する御油断層の谷間から西の平地へと至る交通の要所として発展しました。1601年(慶長6年)に伝馬制度により設置され、その後1648年(慶安元年)には山中郷から住民が移住し、東隣の市場村とともに宿場町を形成しました。
江戸時代には多くの旅人が行き交い、宿場町として栄えました。1786年(天明6年)には、宿場町の範囲が9町20間(約1km)に及び、190戸の家が立ち並び、宿場の役人や飛脚、馬役人など多くの人々が活動していました。天保年間(1830年~1844年)には、宿場全体で1213人が暮らしていたと記録されています。
旧東海道沿いには約1kmにわたり、クロマツが約90本植えられた「藤川の松並木」が残っています。かつて旅人たちを日差しや風雨から守ったこの松並木は、今も訪れる人々に歴史の趣を感じさせます。
1990年(平成2年)に完成した藤川宿資料館では、宿場町の歴史や文化を紹介する展示が充実しており、江戸時代の藤川宿の姿を知ることができます。宿場町の成り立ちや往時の生活を学ぶことができる貴重なスポットです。
近年、東海道藤川宿の歴史を現代に伝える交流の場として「道の駅藤川宿」が誕生しました。この施設では、地元の新鮮な農産物や特産品を購入できるほか、観光情報の提供も行われています。
関山神社には、1601年(慶長6年)の伝馬朱印状や1711年(正徳元年)の宿高札など、藤川宿の歴史を伝える貴重な文化財が残されています。神社の境内には、宿場町の繁栄を祈願した人々の思いが今も息づいています。
藤川宿の西端にある十王堂の庭には、俳人・松尾芭蕉の句碑が建っています。その句には「ここも三河 むらさき麦の かきつばた」と詠まれ、かつてこの地で栽培されていたむらさき麦の情景が伝えられています。
1996年(平成8年)3月、藤川宿は国土交通省により「歴史国道」に認定されました。愛知県内で唯一の歴史国道であり、脇本陣跡は岡崎市指定史跡、駒曳朱印状と高札は岡崎市の有形文化財に指定されています。
現在も藤川宿周辺には、歴史を感じさせる町並みが残り、訪れる人々に江戸時代の宿場町の風情を伝えています。
藤川宿へは、名鉄名古屋本線「藤川駅」から徒歩でアクセス可能です。また、車を利用する場合は、国道1号沿いの「道の駅藤川宿」に駐車することができます。
歴史と文化が息づく藤川宿を訪れ、江戸時代の旅人たちが歩んだ東海道の風景を感じてみてはいかがでしょうか。