野田八幡宮は、愛知県刈谷市野田町に鎮座する神社です。旧社格は郷社であり、市内でも格式の高い神社の一つとして知られています。創建は古く、白鳳5年(676年)と伝えられ、長い歴史の中で地域の信仰の中心として発展してきました。
野田八幡宮は、JR東海道本線・野田新町駅から南へ約700メートル、野田町の中央部にある小高い台地の上に鎮座しています。現在、境内には23の末社があり、秋祭(10月15日)、新嘗祭(11月15日)、祈年祭(3月15日)、末社祭(5月15日)などの年間行事が執り行われています。
野田八幡宮に祀られている神々は以下の通りです。
野田八幡宮の創建は、白鳳5年(676年)とされ、三河国神名帳には「正四位下 伊麻留明神 坐碧海郡」と記されています。かつて境内は「今留の森(いまるのもり)」と呼ばれ、シイの巨木が生い茂る神聖な森として崇められていました。
江戸時代には刈谷藩主をはじめ、多くの武士や庶民の信仰を集めました。特に刈谷藩主・水野勝成は篤く信仰し、「総髪兜」などの貴重な奉納品を残しました。また、刈谷藩の市原稲荷神社・知立神社と並んで「刈谷藩領内三社」として位置づけられていました。
明治時代の初め、野田八幡宮は郷社に列せられました。その後、1884年(明治17年)には拝殿が、1938年(昭和13年)には本殿が改修され、現在の姿へと整備されました。
野田八幡宮の境内は約3,200坪(約1.1ヘクタール)に及び、南側の参道入口から境内までは200メートルほどの距離があります。一の鳥居をくぐると、さらに二の鳥居(赤鳥居)があり、神域へと続いています。
境内には、推定樹齢300年のクロガネモチの神木をはじめ、刈谷市内最大のイチイガシや推定樹齢250年のタブノキなどが見られます。また、水野勝成が奉納した「総髪兜」、福島藩主・板倉勝顕が奉納した灯籠など、多くの歴史的遺産が残されています。
野田八幡宮の境内には、多くの末社が祀られています。
野田八幡宮の境内には、1981年に開館した「野田史料館」があります。この史料館は、野田地区の全戸の寄付によって建設され、江戸時代から明治時代にかけての古文書や神社に伝わる刀剣類、甲冑類など約5,000点が保管されています。
野田八幡宮では、毎年8月下旬に「野田雨乞笠踊り」が行われます。この踊りは、1712年に神社境内で雨乞いを行い、その後に踊ったことが始まりとされます。戦時中に一度途絶えましたが、1979年に再開され、現在では刈谷市指定無形民俗文化財となっています。
愛知県刈谷市野田町東屋敷62
野田八幡宮は、愛知県刈谷市において長い歴史を持つ神社であり、多くの文化財や伝統行事を今に伝えています。境内の荘厳な雰囲気や、歴史ある奉納品、地域の人々によって守り続けられる祭礼は、一見の価値があります。歴史や神社文化に興味のある方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。