上天温泉は、愛知県刈谷市御幸町に存在した公衆浴場(銭湯)です。1927年(昭和2年)に開業し、1999年(平成11年)に惜しまれつつも廃業しました。昭和初期には珍しい鉄筋コンクリート造の建物であり、設計を手がけたのは著名な建築家、大中肇です。現在も建物の一部は残されており、かつての繁栄をしのぶことができます。
上天温泉は、1927年(昭和2年)に愛知県碧海郡刈谷町(現在の刈谷市)の三河鉄道刈谷町駅近くに開業しました。建物の設計は、大中肇が手がけています。大中は愛知県営繕課技手として多くの建築を担当し、その後、刈谷町に自身の設計事務所を開設しました。
当時の刈谷町の中心市街地に位置するこの銭湯は、経営者の出身地にちなんで「上天温泉」と名付けられました。その名の通り、多くの人々が日々の疲れを癒やす場として親しまれていました。
昭和初期の日本において、銭湯は生活の一部として欠かせないものでした。特に都市部では木造建築の銭湯が主流でしたが、上天温泉は鉄筋コンクリート造という先進的な技術を取り入れていました。同時期に建設された刈谷浴場(旧・田鶴の湯)も鉄筋コンクリート造であり、地域における建築の先駆けとなっていました。
1999年(平成11年)、長年にわたり親しまれてきた上天温泉は惜しまれつつも廃業しました。翌2000年(平成12年)には浴場部分が取り壊され、脱衣場部分のみが倉庫として改装されました。
上天温泉と同様に長年営業を続けていた刈谷浴場も、2011年(平成23年)に廃業し、現在の刈谷市には営業中の銭湯が存在しません。
上天温泉の最大の特徴は、その鉄筋コンクリート造の構造にあります。昭和初期の銭湯は木造が主流であり、関西地方では浴室のみ鉄筋コンクリート造の例もありましたが、建物全体が鉄筋コンクリート造というのは極めて珍しいものでした。
建物の正面(ファサード)はアーチ形状をしており、柱や壁の上部には浮彫りや埋め込みタイルによる装飾が施されていました。壁は水色に塗られ、脱衣所の内部にはカラフルなタイルが使用されていました。
浴場には採光と換気を兼ねた高窓が設置され、自然光を取り入れる工夫がなされていました。また、脱衣場の上部には木造の2階部分があり、建物全体のデザインに変化をもたらしていました。
設計段階では屋上にペントハウスを設ける計画もありましたが、最終的には実現されることはありませんでした。もし完成していれば、さらに独特な外観を持つ建物となっていたことでしょう。
上天温泉の建物は浴場部分が取り壊されたものの、脱衣場部分は現在も倉庫として使用されています。建築当時の鉄筋コンクリート造の技術が用いられた貴重な建築物として、その存在は今なお地域の歴史の一部となっています。
かつては多くの人々に親しまれた銭湯文化ですが、近年では家庭風呂の普及やライフスタイルの変化により、銭湯の数は全国的に減少しています。刈谷市においても、上天温泉や刈谷浴場の閉業により、公衆浴場は過去のものとなりました。
所在地:愛知県刈谷市御幸町
開業年:1927年(昭和2年)
廃業年:1999年(平成11年)
設計者:大中肇
建築様式:鉄筋コンクリート造
上天温泉は、1927年(昭和2年)に開業し、1999年(平成11年)まで長きにわたり地域の人々に親しまれた銭湯でした。鉄筋コンクリート造の先進的な設計や、美しいファサード、機能的な浴場設備など、当時としては画期的な建築物でした。現在もその一部が残されており、刈谷市の歴史を語る貴重な存在となっています。
今では姿を消した銭湯文化ですが、かつての賑わいや温もりは、今なお多くの人々の記憶に残り続けています。