医王寺は、愛知県みよし市三好町にある浄土宗西山禅林寺派の寺院です。山号は瑠璃光山で、本尊は阿弥陀如来。歴史の深いこの寺院は、地域の人々に親しまれ、多くの信仰を集めています。
医王寺は、三好旧街道の北側に位置し、かつては隣接地に三好劇場がありました。特に貴重な文化財として、『大般若経』600巻が伝わっており、女筆で写経されたものとされています。この経典は異国から伝来したとも言われていますが、その真偽については不明です。
医王寺の創建は平安時代中期の寛和2年(986年)に遡ります。設楽郡の鳳来寺に近い三吉(現在の三好)の行観自達坊が西加茂郡のこの地に庵を構えたのが始まりとされています。
その後、正暦2年(991年)には、山城国・東寺の知識である古義真言宗の沢雲仁清阿闍梨が薬師堂を建立し、「瑠璃光山医王寺」と称しました。開山は沢雲仁清阿闍梨であり、当初は真言宗の寺院として発展しました。
文和4年(1355年)には、医王寺の住職である善久法印が西ノ原に塚を築き、そこで入定しました。この地は「善久原」と呼ばれるようになり、後に善久塚が建立されました。
その後、応仁2年(1468年)には小野田久安(加賀守)によって客殿(本堂)が建立され、愛知郡の祐福寺第4代融伝上人の法徒である融雅上人を招いて住職としました。この時、医王寺は真言宗から浄土宗へと転宗し、本尊として阿弥陀如来を安置するとともに、別堂に薬師如来を納めました。融雅上人が転宗開山とされています。
寛文7年(1664年)には十王堂が再建され、貞享元年(1684年)には薬師堂が再建されました。その後も寺院の整備が続き、天保9年(1838年)には観音堂が再建されました。
1976年(昭和51年)には、西山国師生誕800年を記念して本堂が改修され、大法要や稚児行列が行われました。その後も、1986年(昭和61年)には開創1000年を記念した大法要が営まれるなど、重要な節目ごとに寺院の発展が見られます。
さらに、2011年(平成23年)には、法然上人800年大遠忌を記念した総本山法主お待ち受け大会が開催され、2018年(平成30年)には永代供養塔が完成しました。
医王寺の境内には、歴史ある建築物や文化財が多く存在します。
寺の中心となる本堂には、本尊である阿弥陀如来が安置されています。歴史を重ねながらも改修が行われ、大切に守られています。
本堂とは別に、薬師如来を祀る薬師堂があります。病気平癒や健康祈願のため、多くの参拝者が訪れます。
寺院の入口には立派な山門があり、鐘楼とともに訪れる人々を迎えます。静寂の中に響く鐘の音は、参拝者の心を落ち着かせます。
医王寺の境内には、「加藤米次郎翁之碑」が建立されています。これは堂宮大工として名高い加藤米次郎を顕彰するもので、1933年(昭和8年)に彼の弟子10人によって建立されました。碑の揮毫は愛知県知事の遠藤柳作によるものです。
医王寺では、年間を通じて様々な法要や行事が行われています。
医王寺は、平安時代に創建され、長い歴史を持つ由緒ある寺院です。浄土宗としての信仰の中心となり、多くの行事を通じて地域に根付いています。歴史的な建造物や文化財も多く、訪れる人々に静かな癒しと学びの場を提供しています。