市原稲荷神社は、愛知県刈谷市司町に鎮座する由緒ある神社です。地元では親しみを込めて「市原さん」と呼ばれ、多くの人々から信仰を集めています。その歴史は古く、創建は白雉4年(653年)にまで遡ります。刈谷藩の歴代藩主の崇敬を受け、現在も地域の人々に大切に守られています。
市原稲荷神社は、旧社格において郷社に分類される格式ある神社です。2021年(令和3年)7月現在の宮司は小嶋今興(こじまいまおき)氏が務めています。
市原稲荷神社には以下の神々が祀られています。
市原稲荷神社の創建については、以下のような伝承が残っています。
かつて、海中から浮かび上がった御神体を白狐がくわえて陸へ運んだとされ、これを見た村人たちが社を建てて稲荷大明神を祀ったと伝えられています。『市原神社鎮座記』によると、白雉4年(653年)に亀狭山(現在の亀城公園)に社殿が創建されました。
天文2年(1533年)、水野忠政が刈谷城を築いた際に、神社を現在の地に遷座しました。以後、刈谷藩の歴代藩主から手厚い崇敬を受けることになります。
永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いでは、今川義元の敗北を受け、敗走した今川方の岡部長教が刈谷城を襲撃。怒りにまかせて神社の社殿を焼き払いました。しかし、永禄5年(1562年)には社殿が再建され、その後も歴代藩主の寄進を受けながら発展していきました。
万治元年(1658年)、刈谷藩主・稲垣重昭が病に倒れた際、神社への崇敬が不足していたためと考えられ、神域の拡張と共に信仰が深まりました。稲垣氏の時代には、市原稲荷神社・野田八幡宮・知立神社が「領内三社」とされ、特に重視される神社となりました。
宝永5年(1708年)以降は春祭りが定期的に行われ、最盛期には16台もの山車が登場する大祭となりました。
市原稲荷神社は、刈谷城の南西に位置し、三河国と尾張国の境を流れる境川・逢妻川の東岸に広がっています。境内は南北に長く、本殿や拝殿が北西部に鎮座しています。
市原稲荷神社の祭礼では、大名行列が行われ、「奴の練り」と呼ばれる伝統的な儀式も催されます。「奴の練り」は刈谷市の無形民俗文化財に指定されており、その優雅な所作は多くの観光客を魅了します。
貞享4年(1687年)以降、大名行列には山車が加わるようになりました。一時途絶えていたものの、2002年(平成14年)に肴町の山車が修復され復活。2009年(平成21年)には新町の山車も加わりました。これらの山車は刈谷市の有形民俗文化財に指定されています。
愛知県刈谷市司町8丁目52番地
市原稲荷神社は、歴史と伝統が息づく刈谷市を代表する神社のひとつです。初代刈谷藩主・水野勝成をはじめとする歴代藩主の崇敬を受け、地域の信仰の中心となってきました。毎年の祭礼では、山車の巡行や大名行列などが行われ、見応えのある伝統文化が今なお受け継がれています。刈谷市を訪れた際には、ぜひ市原稲荷神社を訪れてみてはいかがでしょうか。