愛知県 > 岡崎・豊田・奥三河 > 糟目犬頭神社

糟目犬頭神社

(かすめけんとう じんじゃ)

糟目犬頭神社は、愛知県岡崎市宮地町に鎮座する神社です。 この神社は、歴史と文化の両面で重要な存在であり、「岡崎観光きらり百選」にも選定されています。

糟目犬頭神社は、古くから『延喜式』巻9・10に記載されている碧海郡6座の式内社の一つとされ、その起源は大宝元年(701年)に遡ります。 当初は隣接する上和田町の西糟目森崎に鎮座していましたが、たびたびの洪水による被害を受け、現在の宮地町に遷座されました。

歴史

古代から中世の歴史

創建時の祭神は彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)であり、神社の建立後、永延元年(987年)には熊野三所大権現が合祀されました。

また、観応元年(1350年)には、足利尊氏が熊野権現領として100貫文を寄進したと伝えられています。 このことからも、当時の武家から篤い信仰を受けていたことがうかがえます。

戦国時代から江戸時代

戦国時代を経て、岡崎藩主である本多康重によって神社の保護が行われ、慶長7年(1602年)には本殿が再建されました。 さらに、慶長10年(1605年)には越前産の笏谷石を用いた鳥居が奉納されました。

慶長8年(1603年)8月28日付の徳川家康の朱印状によって43石の社領が寄進されました。 また、元和3年(1617年)の徳川秀忠の朱印状にも「犬頭領」の記載があることから、近世には「犬頭社」として広く知られていたことがわかります。

さらに、寛政5年(1793年)の拝殿造立棟札には「式内糟目神社犬頭大明神」との記載が確認されています。 これにより、18世紀後半以降には糟目神社の式内社としての認識が強まったことが推測されます。

明治時代から現在

明治4年(1871年)には、額田県の命により「糟目犬頭神社」と改称されました。 明治5年(1872年)には郷社に指定され、その後、明治22年(1889年)に本殿、明治34年(1901年)には拝殿が再建されました。

文化財と見どころ

石造文化財

糟目犬頭神社の境内には、越前福井(現福井市)産の凝灰岩(笏谷石)を用いた貴重な石造文化財が残されています。 これらは、江戸時代初期の建造物として歴史的価値が高く、市の文化財にも指定されています。

主な石造文化財

その他の見どころ

境内には、三河三奉行の一人である本多作左衛門重次の生誕の碑や、新田義貞の首塚と伝えられる祠が残されています。 これらの史跡は、歴史好きの観光客にとって興味深いスポットとなっています。

また、「犬頭霊神」として伝わる犬の伝説もこの神社にまつわる重要な要素の一つです。 古くから地元の人々に語り継がれてきたこの伝説は、神社の神秘的な雰囲気をより一層引き立てています。

祭礼と行事

堤通手永御田扇祭り

糟目犬頭神社は、堤通手永御田扇祭りの起点となる神社としても知られています。 この祭りは、地域の豊作と繁栄を願う伝統行事で、多くの参拝者が訪れます。

秋の例大祭

秋に開催される例大祭では、神社の境内で子供相撲が行われます。 この相撲は、地域の子供たちが伝統を学び、成長を願う場となっており、多くの地元住民に親しまれています。

アクセス

交通手段

まとめ

糟目犬頭神社は、歴史的・文化的価値の高い神社であり、岡崎市の観光名所の一つとして知られています。 1300年以上の歴史を持つこの神社には、貴重な文化財や伝説が数多く残されており、訪れる人々に深い感動を与えます。

神社の格式ある祭礼や美しい石造文化財を見学しながら、岡崎市の歴史に触れてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
糟目犬頭神社
(かすめけんとう じんじゃ)

岡崎・豊田・奥三河

愛知県