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山中八幡宮

(やまなか はちまんぐう)

家康公ゆかりの歴史と豊かな自然が息づく古社

山中八幡宮は、愛知県岡崎市舞木町宮下に鎮座する、長い歴史と深い信仰を誇る神社です。祭神には応神天皇比咩大神息長足姫命の三柱を祀り、武運長久や家内安全、五穀豊穣など、さまざまなご利益があると伝えられています。

境内には、歴史的にも重要な遺構や天然記念物が多く残されています。特に「鳩ヶ窟(はとがくつ)」と呼ばれる洞窟は、徳川家康公が戦乱の中で危機を脱した場所として広く知られています。また、毎年1月3日に行われる伝統行事「デンデンガッサリ」は、五穀豊穣を願う御田植祭として長く受け継がれ、市の無形民俗文化財にも指定されています。

さらに、山中八幡宮の周囲には豊かな自然が広がり、貴重な動植物の生息地としても知られています。これらの自然環境は愛知県の自然環境保全地域に指定されており、特にツブラジイの森やヒメハルゼミの生息地は、文化財としても保護されています。神聖な雰囲気の中で、歴史と自然が融合する山中八幡宮は、訪れる人々に癒しと学びを提供する貴重な場所です。

山中八幡宮の創建と古代からの歩み

八幡信仰のはじまり

社伝によれば、山中八幡宮の創建は朱鳥14年(699年)9月9日にさかのぼります。当地に住んでいた山中光重という人物が、宇佐八幡大神からの夢のお告げを受け、その神霊をこの地に迎えて社を建てたのが始まりとされています。

このように山中八幡宮は、飛鳥時代から続く非常に古い神社であり、長きにわたり地域の守護神として人々の信仰を集めてきました。八幡信仰の広がりとともに、武士からも篤く崇敬される存在となっていきます。

徳川家康公と山中八幡宮

鳩ヶ窟に残る劇的な逸話

山中八幡宮の歴史を語る上で欠かせないのが、境内に残る「鳩ヶ窟(はとがくつ)」と呼ばれる洞窟です。この洞窟は、永禄6年(1563年)に起こった三河一向一揆の際、徳川家康公が身を隠した場所として知られています。

一揆勢に敗れた家康公は、この洞窟に逃げ込み、追手の兵が洞内を探そうとしたその時、洞窟の中から白い鳩が二羽飛び立ったと伝えられています。追手は「人が隠れている場所に鳩がいるはずがない」と考え、探索を断念しました。そのおかげで家康公は難を逃れ、命を救われたといわれています。

この逸話により、洞窟は「鳩ヶ窟」と呼ばれるようになり、神社の山は「御身隠山(おみかくしのやま)」と称されるようになりました。現在も鳩ヶ窟は、家康公の強運と神仏の加護を象徴する場所として、多くの参拝者を引きつけています。

将軍家からの厚い崇敬

家康公は山中八幡宮を深く尊崇し、慶長8年(1603年)8月26日には朱印状によって180石を寄進しました。さらに、寛永11年(1634年)には、三代将軍徳川家光が上洛の途中で当社に参拝しており、江戸幕府からも特別な存在として扱われていたことが分かります。

また、家康公19歳の折、後に桶狭間の戦いへとつながる「大高城兵糧入」の際にも必勝祈願に立ち寄ったとされ、山中八幡宮は家康公の人生の節目に寄り添ってきた神社といえるでしょう。

山中八幡宮の歴史

創建の由来

山中八幡宮の起源は朱鳥14年(699年)にまでさかのぼります。この地に住んでいた山中光重という人物が、宇佐八幡大神のお告げを受けて神霊を迎え、社を建てたことが始まりとされています。以来、山中八幡宮は地域の人々の信仰を集め、長い歴史を通じて大切に守られてきました。

鳩ヶ窟と徳川家康

家康公を救った伝説

山中八幡宮の境内には、歴史的に重要な「鳩ヶ窟(はとがくつ)」と呼ばれる洞窟があります。この洞窟は永禄6年(1563年)に起こった三河一向一揆の際、徳川家康公が敗走し、身を隠したとされる場所です。

当時、家康公を追っていた敵兵がこの洞窟を捜索しようとしましたが、その瞬間、白い鳩が2羽飛び立ったといわれています。これを見た敵兵は、「人が隠れている場所に鳩がいるはずがない」と考え、洞窟の捜索を中止しました。この出来事により、家康公は難を逃れることができたと伝えられています。

この伝説にちなんで、山中八幡宮がある山は「御身隠山(おみかくしのやま)」と呼ばれるようになりました。この場所は、家康公の勝運にあやかろうと多くの参拝者が訪れる「勝運祈願」のパワースポットとしても知られています。

徳川家の信仰と発展

松平広忠による再興

山中八幡宮は、徳川家康公の父である松平広忠によって再興されました。広忠公はこの神社を篤く信仰し、社殿の整備や寄進を行いました。そのため、山中八幡宮は徳川家との関係が深い神社としての歴史を歩むことになります。

家康公の必勝祈願

また、徳川家康公自身も19歳の頃、桶狭間の戦いへ向かう前に山中八幡宮を訪れ、戦勝祈願を行ったと伝えられています。この時、家康公は自らの武運長久を願い、神前で深く祈りを捧げたといわれています。

徳川家からの寄進

慶長8年(1603年)には、徳川家康公によって180石の朱印地が寄進されました。この寄進により、山中八幡宮は経済的に安定し、神社としての基盤がさらに強固なものとなりました。

その後、寛永11年(1634年)には3代将軍・徳川家光が上洛の際に山中八幡宮を参拝するなど、歴代の徳川将軍からも崇敬を受け続けました。こうした徳川家との深い関わりにより、山中八幡宮は「徳川家の守護神」としての地位を確立していきました。

奇祭として名高い御田植神事「デンデンガッサリ」

室町時代から続く五穀豊穣の祈り

山中八幡宮を代表する祭事が、毎年1月3日に行われる御田植祭「デンデンガッサリ」です。この神事は室町時代に起源を持つとされ、五穀豊穣と地域の繁栄を祈る伝統行事として、現在まで受け継がれてきました。

祭りの名称は、田遊びの歌詞の冒頭に登場する「デェンデンガッサリヤー」という独特の掛け声に由来しています。昭和初期までは旧暦1月3日の夜に行われていましたが、現在は新暦で実施されています。

大鏡餅と餅投げの賑わい

祭りの準備は、昭和47年に設立されたデンデンガッサリ保存会によって12月30日から始まります。この際に作られるのが、重さ約60キログラムにも及ぶ大鏡餅です。

神事の中で牛役がこの大鏡餅の重さに耐えきれず倒れると、「丈夫な牛でも倒れるほどの豊作になる」と喜び合うのが、この祭りの見どころの一つです。その後、大鏡餅は切り分けられ、参拝者に向けて餅投げが行われます。この餅を食べると一年間風邪をひかないという言い伝えもあり、多くの人で賑わいます。

デンデンガッサリは市指定無形民俗文化財であり、近年では子どもたちへの伝承活動も積極的に行われ、地域文化の継承という点でも高く評価されています。

山中八幡宮の文化財と自然環境

山中八幡宮には、多くの貴重な文化財が残されています。松平広忠が寄進したと伝えられる乱舞面(室町時代作の能面)は市指定工芸品であり、歴史的価値の高いものです。

鳩ヶ窟(はとがくつ)

山中八幡宮の境内には、徳川家康が三河一向一揆の際に身を隠したとされる「鳩ヶ窟」があります。この洞窟は、地元では「家康公を救った神聖な地」として崇められています。

鳩ヶ窟の周辺には、樹齢数百年の巨木が立ち並び、神聖な雰囲気が漂っています。現在も多くの参拝者が訪れ、家康にあやかって「厄除け」や「勝運祈願」を行うスポットとして人気を集めています。

天然記念物—ツブラジイの森

山中八幡宮の境内には、愛知県指定の天然記念物「ツブラジイの森」があります。ツブラジイはブナ科の常緑広葉樹で、古来より「神が宿る木」として信仰の対象とされてきました。

特に境内にそびえる数本のツブラジイの巨木は、樹齢300年以上と推定され、その大きさと威厳ある姿は圧巻です。これらの木々は、地域の自然環境を象徴する存在であり、訪れる人々に深い感動を与えています。

ヒメハルゼミの生息地

山中八幡宮周辺は、希少なヒメハルゼミの生息地としても知られています。ヒメハルゼミは、初夏になると美しい鳴き声を響かせる小型のセミで、主に広葉樹林に生息しています。

この地域は、愛知県の自然環境保全地域にも指定されており、貴重な生態系が守られています。山中八幡宮を訪れた際には、豊かな自然にも目を向け、その魅力を存分に感じてみてください。

山中八幡宮の見どころ

本殿と拝殿

山中八幡宮の本殿は、江戸時代に再建されたもので、美しい流造(ながれづくり)の建築様式が特徴です。本殿には、応神天皇、比咩大神、息長足姫命の三柱が祀られています。

拝殿の前には立派な石鳥居が構えており、訪れる人々を温かく迎え入れています。また、境内には「勝運の神」としての徳川家康ゆかりの碑があり、戦国時代の歴史を感じることができます。

参道と御神木

参道には、樹齢数百年の巨木が並び、四季折々の美しい風景を楽しむことができます。特に、新緑の季節や紅葉の時期には、多くの参拝者が訪れ、自然の美しさに癒されています。

また、境内には大きな御神木があり、パワースポットとしても人気です。この御神木に手を当て、祈願すると「願いが叶う」ともいわれており、多くの人々が訪れています。

まとめ

山中八幡宮は、徳川家康ゆかりの地として歴史的に重要な神社でありながら、豊かな自然環境にも恵まれた魅力的な場所です。

これらの要素が融合し、山中八幡宮は訪れる人々に歴史・文化・自然の魅力を存分に味わう機会を提供しています。岡崎市を訪れた際には、ぜひ足を運び、神聖な雰囲気と豊かな自然に触れてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
山中八幡宮
(やまなか はちまんぐう)

岡崎・豊田・奥三河

愛知県