信光明寺は、愛知県岡崎市岩津町東山にある浄土宗の寺院です。山号は「弥勒山」、本尊は阿弥陀如来です。この寺院は、松平氏の歴史と深い関わりを持ち、戦国時代から江戸時代にかけての歴史を今に伝える貴重な文化財が数多く残されています。観音堂(旧・法堂)は国の重要文化財に指定されており、室町時代の建築様式を色濃く残す貴重な建造物です。
信光明寺は、1451年(宝徳3年)、岩津城主・松平信光が父・松平泰親の菩提を弔うために建立しました。開山は、増上寺の開山聖聡の弟子であり、下総国飯沼弘経寺(現在の茨城県常総市)から三河に布教に訪れていた釋誉存冏(そんげい)です。
1478年(文明10年)には法堂(現在の観音堂)が建立され、当初は比叡山から迎えた釈迦像が安置されていました。その後、後土御門天皇の勅願所としての格式を持つことになりました。
1570年(元亀元年)から1572年(元亀3年)にかけて、武田信玄が三河国へ侵攻した際、戦闘により寺の多くが焼失しました。しかし、徳川家康の命により再建され、1602年(慶長7年)には朱印地120.82石を寄進されるなど、徳川家との深い関係が続きました。
江戸時代に入ると、幕府の手によって修復が施されました。1663年(寛文3年)には常紫衣綸旨を受け、格式のある寺院として発展しました。
1954年(昭和29年)には、老朽化が進んでいた観音堂の上屋根の復元工事が始まり、翌1955年(昭和30年)に竣工式が行われました。この工事には国や県、地元の支援があり、総工費111万円がかけられました。
現在、国の重要文化財に指定されている観音堂は、1478年(文明10年)に建立されたものです。室町時代の禅宗様式が取り入れられた建築であり、その美しい意匠が今も残っています。
信光明寺には、多くの文化財が残されています。特に「山越阿弥陀如来像(室町時代)」や「雲中阿弥陀如来像(南北朝時代)」は、歴史的・美術的に高い価値を持つ仏像です。
境内には、松平親氏・松平泰親・松平信光の墓があり、松平家の歴史を今に伝えています。また、酒井広親の石宝塔も市の指定文化財として大切に保存されています。
信光明寺の北側には、松平氏が岡崎へ進出する足掛かりとなった「岩津城址」があります。ここには、土塁や土橋、馬出しなど、中世の城郭の主要な要素が今も残されており、歴史好きには必見のスポットです。
| 指定名称 | 種別 | 指定年月日 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 信光明寺観音堂(附棟札) | 建造物 | 1904年(明治37年)2月18日 | 信光明寺 |
| 指定名称 | 種別 | 指定年月日 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 酒井広親石宝塔 | 建造物 | 1967年(昭和42年)9月14日 | 信光明寺 |
| 絹本著色山越阿弥陀如来像 | 絵画 | 1960年(昭和35年)6月10日 | 岡崎市美術博物館 |
| 絹本著色雲中来迎阿弥陀如来像 | 絵画 | 1960年(昭和35年)6月10日 | 岡崎市美術博物館 |
| 絹本著色釈迦如来像(附軸金具) | 絵画 | 1960年(昭和35年)6月10日 | 岡崎市美術博物館 |
| 雲版 | 工芸品 | 1960年(昭和35年)6月10日 | 岡崎市美術博物館 |
信光明寺へ訪れる際は、公共交通機関の利用が便利です。
名鉄バス「奥殿陣屋行き」に乗車し、「岩津天神口」バス停で下車。そこから東へ約300メートルの距離に位置しています。
信光明寺は、松平氏の歴史と深い関わりを持つ寺院であり、観音堂をはじめとする貴重な文化財が数多く残されています。戦国時代から江戸時代にかけての歴史を感じながら、静寂に包まれた境内を散策するのもおすすめです。ぜひ、岡崎市を訪れる際には立ち寄ってみてください。