半田赤レンガ建物は、愛知県半田市にある歴史的な煉瓦造りの建築物です。もともとはビール工場として建設され、その後、戦争を経て倉庫や工場として利用されてきました。現在は観光施設として整備され、訪れる人々にその歴史や文化を伝えています。
半田赤レンガ建物は近代化産業遺産に認定された地域遺産であり、以下の3棟から構成されています。
2014年から2015年にかけて耐震補強工事が行われ、2015年(平成27年)7月18日より常時公開されています(年末年始を除く)。
半田赤レンガ建物の歴史は1898年(明治31年)に遡ります。当時、基礎設計をドイツのゲルマニア機械製作所が行い、実施設計を建築家の妻木頼黄(つまき よりなか)が担当し、丸三麦酒(現:カブトビール)のビール工場として建設されました。
その後、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)には、中島飛行機半田製作所の衣糧倉庫として使用されました。戦後は、1948年(昭和23年)に設立された日本食品化工のコーンスターチ製造工場の一部として利用され、1950年(昭和25年)から主に製品保管倉庫として活用されました。
1994年(平成6年)、京都府の市民グループ「赤煉瓦倶楽部舞鶴」の馬場英男理事長が、建物の取り壊し計画を知り、保存活動を開始しました。地元の市民や研究者、学生が協力し、保存の重要性を訴える動きが活発化しました。
1995年(平成7年)には、市民の強い要望により解体が一時中断され、翌1996年(平成8年)に半田市が30億円以上を投じて建物と敷地を買収しました。その後、1997年には「半田赤レンガ倶楽部」(現・一般社団法人赤煉瓦倶楽部半田)が結成され、保存活動が本格化しました。
2002年(平成14年)8月、初めて市民向けに赤レンガ建物が公開され、約8,600人が訪れました。その後、2004年(平成16年)7月23日に国の登録有形文化財として正式に登録され、2009年(平成21年)には経済産業省より近代化産業遺産に認定されました。
2014年(平成26年)より大規模な改修工事が行われ、2015年(平成27年)7月18日に観光施設としてリニューアルオープンしました。現在は、株式会社トヨタエンタプライズが指定管理者として運営しています。
半田赤レンガ建物は、東南海地震や三河地震、半田空襲などの災害を乗り越えて現在に至ります。特に、半田空襲の際にP-51戦闘機から受けた機銃掃射の傷跡が、今でも建物の壁面に残っており、その歴史を物語っています。
2022年(令和4年)3月には、明治時代に名古屋市の名古屋停車場(現在の笹島交差点付近)にあった、高さ約10mのカブトビールの広告塔が原寸大で再現され、建物前に完成しました。この広告塔は、スタジオジブリの映画『風立ちぬ』にも描かれたことで知られています。