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イナまんじゅう

(鯔饅頭)

イナまんじゅう(鯔饅頭)は、愛知県海部郡南部や名古屋市南部を中心とした限られた地域で受け継がれてきた、極めて希少な郷土料理です。「いなまん」とも呼ばれ、ボラの若魚であるイナを丸ごと使い、その内部に味噌を詰めて焼き上げるという、全国的にも類を見ない独特の料理法が特徴です。外見は魚の塩焼きのように見えますが、ひと口頬張ると中から現れる濃厚な味噌の旨味に、多くの人が驚かされます。

汽水域が育んだ食文化

イナまんじゅうが生まれた地域には、川と海が交わる汽水域が数多く存在します。蟹江川をはじめとする幾筋もの川が伊勢湾へと注ぎ込む蟹江町周辺では、淡水と海水を自由に行き来できる汽水魚であるボラが豊富に生息していました。こうした自然環境は、古くから人々の暮らしと密接に結びつき、豊かな水産文化を育んできたのです。

ボラは成長段階によって呼び名が変わる出世魚として知られ、幼魚は「イナ」、成魚は「ボラ」と呼ばれます。特に生後一年ほどのイナは脂がのり、身が柔らかく、料理に最も適しているとされてきました。このイナを最大限に生かす工夫として考案された料理の一つが、イナまんじゅうなのです。

誕生の背景と歴史

イナまんじゅうが考案されたのは、今からおよそ120年前と伝えられています。当初は街道を行き交う旅人をもてなすための料理であり、温かく腹持ちの良い料理として重宝されていました。やがてその存在は地域に根付き、特別な日のごちそうとして各家庭で作られる郷土料理へと発展していきます。

出世魚であるイナを用いることから、「これを食べれば物事がとんとん拍子に進み、出世できる」という縁起担ぎの意味も込められ、祭りや祝い事の席には欠かせない料理となりました。家族の健康や繁栄を願い、一尾一尾に心を込めて作られていた様子が、今も語り継がれています。

幻の郷土料理と呼ばれる理由

しかし、イナまんじゅうは調理に非常に高度な技術を要します。魚の姿を崩すことなく、エラの部分から包丁を入れて内臓や背骨を取り除く作業は、熟練した手仕事でなければ成し得ません。昭和初期頃までは各家庭でも作られていましたが、次第に家庭で作る機会は減少していきました。

現在では、イナまんじゅうを提供できるのはごく限られた料亭や料理店のみとなり、「幻の郷土料理」と呼ばれる存在になっています。一方で、地域の誇りとしてその味と技術を守り続ける人々の努力により、今なお伝統は脈々と受け継がれています。

もう一つの起源説

一説には、イナまんじゅうは一般家庭の料理ではなく、近代に入ってから名古屋の貴人や上流階級をもてなす料理として考案されたという説もあります。大正から昭和初期にかけて洗練された料理として発展したという見方もあり、その起源については今なお明確な結論が出ていません。こうした謎めいた背景も、イナまんじゅうの魅力の一つと言えるでしょう。

イナまんじゅうの調理法

下処理と骨抜き

まず、内臓を取り除いたイナのエラから包丁を入れ、背骨と背肉を丁寧に切り離します。頭と尻尾の骨を折り、背骨を一本丸ごと引き抜くことで、魚の内部は空洞となります。この工程こそが、イナまんじゅう作りの最大の難所です。

味噌作り

鍋に八丁味噌、みりん、酒、砂糖を加え、弱火でじっくりと練り上げます。およそ二時間かけて練られた味噌は、深いコクと甘みを備え、魚の旨味を引き立てる重要な役割を果たします。

具材の調合

練り味噌の一部に、煎った麻の実、下処理したギンナン、刻んだしいたけ、香り高い柚子を加えます。これらの具材が合わさることで、味と香りに奥行きが生まれます。

詰め込みと焼き上げ

イナの内部に、まず基本の味噌、続いて具入り味噌を順に詰めていきます。隙間なくしっかりと詰めることで、焼き上げた際に味が均一に行き渡ります。串を打ち、表面を香ばしく焼き上げれば、イナまんじゅうの完成です。

味わいと魅力

焼き上がったイナまんじゅうは、香ばしい皮の中に濃厚な味噌が詰まり、魚の旨味と一体となった奥深い味わいを楽しめます。特に日本酒との相性は抜群で、地元では酒肴としても高く評価されてきました。

受け継がれる蟹江の誇り

近年では、数軒の料理店を中心にイナまんじゅうの伝統が守られています。地域の自然と歴史、そして人々の知恵が生み出したこの料理は、単なる郷土食にとどまらず、蟹江町をはじめとする地域文化そのものを象徴する存在です。訪れた際には、ぜひその貴重な味わいに触れてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
イナまんじゅう
(鯔饅頭)

尾張西部・一宮

愛知県