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大宝六角れんが蔵

(おおだから ろっかく れんがぐら)

大宝六角れんが蔵は、愛知県海部郡飛島村大宝二丁目に所在する、明治時代末期に建てられた非常に特徴的な煉瓦造りの蔵です。六角形という珍しい形状と、当時の最先端技術を用いた堅牢な構造を併せ持ち、地域の近代化の歴史を今に伝える貴重な建築遺産として知られています。

建設の背景と大宝家

この蔵は、地元の大地主であり、貴族院議員も務めた大宝家第10代当主・大宝陣によって、1908年(明治41年)頃に建設されました。目的は、自身が経営していた合資会社「大宝農林部」の重要な書類を保管するための書類倉庫であり、火災や湿気から資料を守るため、当時としては非常に先進的な煉瓦造りが採用されました。

明治後期は、日本各地で西洋建築技術が積極的に取り入れられた時代であり、大宝六角れんが蔵もまた、そうした時代背景の中で誕生した建築物です。地域の経済と農業を支えた大宝家の存在を象徴する建物として、村の歴史と深く結びついています。

六角形という独自の建築様式

六角柱形状の特徴

大宝六角れんが蔵の最大の特徴は、内外のどこから見ても建物の角が確認できる六角柱形状にあります。この形状は、クロイスターヴォルト様式を思わせる独特な意匠で、視覚的な美しさだけでなく、構造的な安定性も考慮された設計です。

煉瓦積みとドーム構造

壁体は、イギリス積みと呼ばれる伝統的な煉瓦積み工法によって丁寧に組み上げられ、その上に煉瓦造りのドーム天井が載せられています。さらに、ドームの上部には日本建築らしい瓦葺き屋根が施されており、西洋建築と和風建築が見事に融合した姿を見ることができます。

補強材を用いない高度な構造技術

建物内部の構造も、この蔵の大きな見どころです。各辺から対辺に向かって、直径40ミリの鋼棒が2本ずつ渡されており、ドームが自重によって外側に広がるのを防ぐ工夫が施されています。一方で、電磁波レーダー探査の結果、壁の内部には補強用の鋼材が一切使われていないことが確認されました。

つまり、大宝六角れんが蔵は、煉瓦そのものの積み方と重量バランスのみで安定性を確保している、極めて稀有な建築例なのです。この点は、明治期の日本における煉瓦建築技術の高さを示す重要な証拠といえるでしょう。

細部にまでこだわった意匠

屋根に使われている瓦は、刻印の調査から、現在の碧南市周辺で製造された三州瓦であることが判明しています。これは後年の修復工事の際にも同じ地域に発注され、当初の姿を忠実に再現する努力がなされました。

また、1階出入口に設けられた鉄扉は、板厚12〜13ミリ、推定重量約250キログラムという重厚な造りで、防火・防犯性能の高さがうかがえます。扉には細部にまで装飾が施され、機能性だけでなく美しさも追求されていました。同様の意匠を持つ扉は2階にも設けられており、統一感のあるデザインとなっています。

文化財指定と修復工事

大宝六角れんが蔵は、その歴史的・建築的価値が評価され、1994年(平成6年)に飛島村の有形文化財に指定されました。その後、1996年から3か年計画で本格的な修復工事が行われ、屋根瓦の葺き替えや煉瓦壁・目地の補修などが丁寧に進められました。

さらに1999年(平成11年)には、蔵へ上がるための段やフェンスの設置といった周辺整備も実施され、現在では安全に外観を見学できる環境が整えられています。こうした保存活動により、明治の姿を今に伝える貴重な建築物として守られています。

大宝排水機場との歴史的つながり

大宝六角れんが蔵の周辺には、同じく大宝陣によって明治時代に建設された大宝排水機場があります。飛島村の大宝新田は江戸時代に開拓されたものの、海抜が低く、長年にわたり湛水被害に悩まされてきました。

そこで大宝陣は、明治39年に私財を投じて当時最新鋭であったドイツ製の大型ポンプ2台を導入し、村人の命と暮らしを水害から守りました。現在、この排水機場は保存館として整備され、日本最古級の大型渦巻ポンプを間近で見ることができます。

観光資源としての魅力

大宝六角れんが蔵は、単なる古い建物ではなく、明治期の技術力、地域の発展を支えた人物の志、そして水と闘ってきた飛島村の歴史を物語る重要な観光資源です。近隣の大宝排水機場保存館とあわせて見学することで、近代日本の地方開発の歩みをより深く理解することができます。

静かな佇まいの中に秘められた重厚な歴史と技術の結晶を、ぜひ現地で感じてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
大宝六角れんが蔵
(おおだから ろっかく れんがぐら)

尾張西部・一宮

愛知県