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聚楽園大仏

(しゅうらくえん だいぶつ)

聚楽園大仏は、愛知県東海市荒尾町の聚楽園公園内にある歴史ある大仏です。1927年(昭和2年)に実業家・山田才吉によって建立され、当時は日本最大の大仏として知られていました。現在では東海市の指定名勝であり、市の重要文化財としても保護されています。

聚楽園大仏の特徴

阿弥陀如来の坐像

聚楽園大仏は阿弥陀如来の坐像であり、像高18.79mを誇る鉄筋コンクリート製の大仏です。完成当時は日本最大の大仏像として注目を集めました。

仁王像と境内の見どころ

大仏の前には、建立当初からある「阿・吽形」の仁王像が立ち並び、参拝者を迎えます。さらに、参道や大灯籠、常香炉も当時のまま残されており、歴史的な趣を感じることができます。

聚楽園公園と周辺施設

聚楽園大仏は、しあわせ村として整備された聚楽園公園の一角にあり、周囲には遊歩道や芝生広場が広がっています。訪れる人々が散策や休憩を楽しむことができる、癒やしの空間となっています。

聚楽園大仏の歴史

建立の背景

この大仏は、名古屋の実業家である山田才吉によって建立されました。もともとは名古屋市東築地に建てられる予定でしたが、最終的に才吉が所有していた聚楽園旅館の敷地内に建設されることになりました。

建設と開眼供養

1924年(大正13年)に着工し、約3年の歳月をかけて1927年(昭和2年)に完成。開眼供養は京都・南禅寺管長の河野霧海を大導師として執り行われ、名古屋や地元の実業家、僧侶、一般の参拝者を含め、多くの人々が集まりました。

大仏の構造と意匠

大仏の胎内には、南禅寺から譲り受けた聖観世音菩薩像が安置されています。また、国家鎮護の願いを込めて、一切経の写経石が台座内部に埋められました。

聚楽園大仏の保存と修復

文化財としての指定

1983年(昭和58年)、聚楽園大仏は保存のために新たに設立された宗教法人・大仏寺の所有となり、東海市指定の文化財として登録されました。

1980年代の大規模修復

建立から約50年以上が経過し、大仏の表面にはひび割れが発生し、内部には雨漏りが見られるようになりました。そのため1984年(昭和59年)から修復工事が行われ、翌1985年(昭和60年)に落慶開眼供養が執り行われました。この際に銅粉を吹き付ける修復が施されたため、現在では銅製のような外観を持っています。

近年の修繕活動

2006年(平成18年)には、山田才吉の三女・守隨幾久子の私費によって、参道や仁王像の一部が修繕されました。2021年(令和3年)には、「聚楽園大仏及び仁王像」として正式に東海市の指定建造物となりました。

聚楽園大仏の文化的影響

映画『大佛廻國・中京篇』

1934年(昭和9年)に制作された日本初の特撮映画『大佛廻國・中京篇』では、聚楽園大仏が名古屋とその近郊の観光地を巡るというユニークなストーリーが展開されました。

文学作品との関係

また、1927年(昭和2年)に結成された耽綺社という文芸グループが執筆した小説『南方の秘宝』にも、聚楽園大仏が登場しています。

聚楽園大仏へのアクセス

電車でのアクセス

名鉄常滑線の聚楽園駅から徒歩約5分で到着できます。名古屋駅からもアクセスしやすく、日帰り観光にもおすすめです。

車でのアクセス

東海市内の主要道路からも近く、駐車場も完備されています。車を利用する場合は、名古屋市内から約30分で到着します。

まとめ 〜 聚楽園大仏の魅力 〜

聚楽園大仏は、長い歴史と文化的価値を持つ愛知県東海市のシンボル的存在です。建立当時は日本最大の大仏であり、その後も修復や保存が行われながら、大切に守られ続けています。聚楽園公園の豊かな自然とともに、静かで心落ち着くひとときを過ごすことができるでしょう。歴史と文化を感じながら、ぜひ訪れてみてください。

Information

名称
聚楽園大仏
(しゅうらくえん だいぶつ)

知多半島・常滑

愛知県