花祭は、愛知県北設楽郡を中心に伝承される霜月神楽の総称であり、重要無形民俗文化財にも指定されています。700年以上の長い歴史を持つ神事芸能であり、地域の人々に深く根付いてきました。清めや湯立ての儀式、少年たちの舞、青年による舞、巨大な鬼面を付けた鬼の舞など、多彩な演目が夜通し繰り広げられます。
小林地区では「ちゃつの舞」が、また古戸地区では「三つ舞(やち)」や「榊鬼」など、各地それぞれに特色ある舞が披露され、地域独自の伝統が色濃く表現されています。
花祭は、伊勢流神楽(湯立神楽)の流れを汲むとされますが、仏教の修験道や修正会、浄土思想に由来するとも考えられており、詳細は未だ明らかではありません。「花祭」という名称も、仏教行事の灌仏会とは無関係であり、浄土への転生を願う心から生まれたとされています。
地元の人々は親しみを込めて「花(はな)」と呼びます。明治期以降、神仏分離政策により仏教色が排除された地域(中設楽、河内、間黒、坂宇場など)もあり、神道形式の「花祭」を「神道花(しんとうばな)」、従来通りの仏教的要素を残したものを「仏花(ぶつばな)」と呼んで区別しています。
花祭では、「てーほへてほへ」という独特な掛け声や、「寒い、煙い、眠い」といった厳しい冬の夜を象徴する言葉も印象的です。
かつては穀物の花を意味するとも考えられていましたが、近年の研究では、新しい生命の象徴とされることが明らかになっています。
霜月神楽は単なる五穀豊穣や村の安泰を願う祭りではありません。古代から伝わる神招き、神懸かり、神わざ、神返しという神祭の基本に則り、新たな力強い魂を呼び込むための鎮魂(タマシヅメ)の儀式として行われます。
旧暦11月は神や自然が衰弱する時期とされ、魂振り(たまふり)の儀式を通じて魂の再生と更新を行い、来る新年に備えました。このとき、熊野の再生儀式であった湯の清まりと忌籠(いごもり)の呪法が取り入れられたと考えられています。
花祭の祭場は「花宿」と呼ばれます。これは神々が降臨する神聖な場所であり、祭りの期間中、様々な切り紙「草」が飾られます。開催場所は、民家を交代で選定する場合もあれば、同一の家や神社、公民館を使用する場合もあります。
花祭に参加する者は一般に「舞子」と呼ばれ、花太夫(はなだゆう)によって統率されます。かつては男性のみの祭りでしたが、近年では少子化・過疎化の影響もあり、女性の参加も見られるようになりました。
花祭はおよそ10日間にわたり、最初は準備、当日は「神下し」の式から始まり、舞踊が続き、最後に「神上げ」で締めくくられます。舞踊は少年・青年によるものと、神々の降臨を意味する仮面を用いたものに分かれます。
楽器の祝福舞から始まり、地固め、市の舞、花の舞、三ツ舞、四ツ舞、湯囃しの舞など、多彩な舞が続きます。舞台の中央には大釜が焚かれ、その周囲で一晩中、絶え間なく舞が行われます。
「山見」「榊」と呼ばれる二つの鬼が中心となり、巨大な鬼面を付け、槌や鉞を持って舞います。仮面は1尺以上にもなる巨大なもので、鬼たちが火を囲みながら舞う光景は圧巻です。
昭和56年当時、北設楽花祭保存会長・原田嘉美氏は「舞ってみなけりゃ花祭の良さはわからない、気分が大事だ」と述べています。現地の人々は、学術的な意味合いよりも、踊る楽しさそのものに魅力を感じて祭を続けています。
踊り続けることで生まれる陶酔感が、花祭の伝承の鍵となっています。また、学問的に体系化された知識によって祭の発展と保存が促されることにも期待が寄せられています。
花祭の日程は地区ごとに異なり、開催日は開始日を基準とします。24時間を超える場合は翌日表記となります。毎年、地域ごとに異なる日程で開催されるため、観覧を希望する場合は事前の確認が必要です。