カクキューは、愛知県岡崎市八丁町に本社を構える「合資会社 八丁味噌」の屋号です。八丁味噌は特定の企業だけが使用できる商標ではなく、複数の製造業者が存在しますが、本記事では特に「合資会社八丁味噌」に焦点を当てて紹介します。
本社事務所は1927年(昭和2年)に建設されたもので、1996年(平成8年)には国の登録有形文化財に指定されました。また、1907年(明治40年)に建てられた本社蔵は、1991年(平成3年)に改修され、史料館として一般公開されています。
1980年代には一般向けの工場見学が開始され、多くの観光客が訪れるようになりました。現在では、カクキューの伝統的な味噌造りを間近で見学できるツアーが人気を集めています。また、1993年(平成5年)には売店もオープンし、カクキューの味噌や関連商品を購入できるようになりました。
2017年(平成29年)、本社敷地内に「岡崎カクキュー八丁村」というフードコートがオープンしました。ここでは、八丁味噌を使用した料理が楽しめるレストランやカフェが併設されており、多くの観光客に親しまれています。
カクキューの歴史は、江戸時代初期、徳川家光の治世である正保年間(1645年~1648年)にさかのぼります。岡崎城から西に八丁(約873メートル)の距離にある三河国八丁村(現在の愛知県岡崎市八帖町)で創業されました。
創業当初より、伝統的な製法で味噌造りを続けており、その品質は高く評価されてきました。江戸時代には「八丁味噌」として全国的に名が知られ、安政2年(1855年)には、大樹寺の再建工事を視察に来た役人が「八丁味噌は名物である」と手記に記すほどでした。
明治時代に入ると、その品質の高さが認められ、1892年(明治25年)より宮内省(現在の宮内庁)への味噌納入が始まりました。1901年(明治34年)には正式に宮内省御用達として指定され、日本国内での名声がさらに高まりました。
1927年(昭和2年)、本社事務所を現在の八丁町に移転。その後、1932年(昭和7年)には個人商店から「合資会社早川久右衞門商店」として法人化され、さらに1963年(昭和38年)には「八丁味噌カクキュー合資会社」に社名を変更しました。1981年(昭和56年)には現在の「合資会社八丁味噌」に改称され、長い歴史の中で企業としての成長を遂げてきました。
戦後の1950年代になると、関西で「赤だし味噌」と呼ばれる味噌が普及し始めました。これは、米味噌と豆味噌をブレンドしたもので、大阪のメーカーによって製造され、各地の小売店で販売されていました。
1957年(昭和32年)、大阪味噌食品株式会社の社長がカクキューを訪れ、「赤だし味噌」の製造・販売を提案。この提案を受け、カクキューは日本海味噌醤油と共同で開発に取り組みました。その結果、「赤だし八丁味噌」という新たな商品が誕生し、珍味屋や料理店への販路が開拓されました。
さらに1959年(昭和34年)には、赤だし味噌を小袋(300グラム入り)に詰め、スーパーマーケットで販売を開始。これが大ヒットし、カクキューの売上の約80%を占めるまでに成長しました。
カクキューは、350年以上の歴史を誇る八丁味噌の老舗として、その伝統を守り続けています。宮内省御用達としての栄誉や、赤だし味噌の開発など、時代の変化に対応しながらも、伝統の味を受け継いでいます。観光施設としても人気が高く、工場見学や売店を通じて、その魅力を直接体験することができます。岡崎を訪れる際は、ぜひカクキューの味噌文化に触れてみてはいかがでしょうか。