香積寺は、愛知県豊田市足助町飯盛にある曹洞宗の寺院です。飯盛山(はんせいざん)の山号を持ち、古くから地域の信仰の中心として親しまれています。特に、紅葉の名所「香嵐渓」との深い関わりを持つ寺院としても知られています。
香積寺は、関白二条良基、足助重範の娘・滝野、およびその孫である成瀬三吉丸基久・基直(成瀬氏の祖先)らによって建立されました。もともとは足助氏の菩提を弔うために、飯盛山(いいもりやま)の足助氏の居館(飯盛山城)跡に建てられました。
その後、1427年(応永34年)に、白峰祥瑞禅師によって開山されました。寺号の「香積寺」は、仏教経典の一つである『維摩経』の「香積仏国品」から名付けられています。
香積寺の本尊は聖観世音菩薩です。また、境内には、江戸時代後期に建てられた座禅堂が現存しており、寺の歴史を今に伝えています。
本堂の脇には、開山当時から寺の鎮守として豊栄稲荷が祀られています。さらに、飯盛山の中には、歴代住職の墓や十六羅漢の石仏が点在しており、足助城主だった鈴木氏五代の墓も現存しています。
1634年(寛永11年)頃、11世住職の参栄本秀(または三栄)は、「般若心経」を一巻詠むごとに、カエデやスギを1本ずつ巴川沿いの参道に植えたと伝えられています。この功績により、地元では「もみじの開祖」とも称されています。
その後、大正から昭和にかけて地元住民による植樹が進められ、現在の香嵐渓の紅葉の名所としての姿が形作られました。
25世住職の風外本高は、書画に優れ、多くの作品を残しました。香積寺では、秋の「もみじ祭り」の期間中のみ、風外本高の書画を拝観できましたが、現在は豊田市美術館に保管されており、拝観は行われていません。
本堂は、1722年(享保7年)に建立されました。桁行実長8.5間、梁間実長7.5間の寄棟造りで、現在は鉄板葺きとなっています(当初は茅葺き)。
江戸時代後期に建てられた庫裏は、桁行実長15.5間、梁間実長5間の切妻造り、桟瓦葺きの建物です。
禅堂・衆寮は、1820年(文政3年)に建立され、桁行10間、梁間4.5間の切妻造り、桟瓦葺きの構造です。
江戸時代初期に建てられた総門は、1間の薬医門で、切妻造り、桟瓦葺きとなっています。
飯盛城址(鎌倉時代~戦国時代):現在は豊田市と香積寺によって管理されています。
僧風外作品群(江戸時代後期):香積寺が所有し、現在は豊田市郷土資料館で保管されています。
木造毘沙門天立像(平安時代):香積寺所有。
鰐口(室町時代末期):香積寺所有。
二条良基の死を聞いた滝野が、彼の遺した装束を埋めたと伝えられる塚です。
平安時代の末法思想に基づき、仏教の経典や仏具などを土中に埋めた塚です。山頂近くにあります。
境内にある豊栄稲荷のさらに奥に位置し、古くから信仰を集めている場所です。
香積寺は、歴史的にも文化的にも貴重な寺院であり、特に紅葉の名所「香嵐渓」と深い関わりを持っています。歴代住職による功績や、多くの文化財が残されており、訪れる人々に歴史と自然の美しさを伝えています。
歴史散策を楽しみながら、紅葉の季節には絶景を堪能できる香積寺を、ぜひ訪れてみてください。