愛知県 > 岡崎・豊田・奥三河 > 甲山寺(岡崎市)

甲山寺(岡崎市)

(こうざんじ)

甲山寺は、愛知県岡崎市六供町にある天台宗の寺院です。戦国時代に岡崎城の鬼門を守護する目的で創建され、徳川家康ゆかりの寺院としても知られています。江戸時代には幕府や岡崎城主の祈願所として崇敬を集め、現在も多くの人々が参拝に訪れています。

歴史と由緒

創建と岡崎城との関係

甲山寺の創建は、平安時代初期の大同3年(808年)にさかのぼると伝えられています。当初、伝教大師最澄によって現在の安城市に開かれました。その後、享禄3年(1530年)、松平清康公が岡崎城に入城した際、岡崎城の鬼門を守護するため、安城にあった薬師堂と六坊を現在の地に移転し、甲山寺としました。

松平広忠の祈願と松平家の祈願所

松平広忠公(家康公の父)は、子どもがなかったことを憂い、鳳来寺の薬師如来に祈願しました。その結果、天文11年(1542年)に徳川家康公が誕生します。この出来事をきっかけに、広忠公は甲山寺を松平家の祈願所と定め、天文13年(1544年)には和田村法性寺の六坊を移転させ、新たに護摩堂を建立しました。これにより、甲山寺は一山十二坊を擁する寺院へと発展しました。

徳川家康と甲山寺

家康公は戦に臨む際、しばしば甲山寺の僧侶とともに戦勝祈願を行ったと伝えられています。慶長8年(1603年)には、本堂を再建し、さらに朱印地250石を寄進するなど、甲山寺を厚く保護しました。これにより、甲山寺は徳川家の祈願寺としての地位を確立しました。

江戸時代の再建と繁栄

江戸時代に入ると、5代将軍徳川綱吉公の命により、元禄15年(1702年)から元禄16年(1703年)にかけて本堂が再建されました。この際、諸大名から不動二童子や十二天立像が寄進されるなど、甲山寺の重要性が再認識されました。

文化財

甲山寺には多くの歴史的価値のある文化財が残されています。以下は、岡崎市指定文化財に指定されている主な文化財です。

建造物
絵画
彫刻

また、甲山寺が管理する「甲山第1号墳」(約706平方メートル)は、1972年(昭和47年)7月5日に市の文化財に指定されています。

甲山八幡宮と例大祭

甲山寺の北側には甲山八幡宮があり、毎年10月初旬には例大祭が開催されます。特に、地元の若衆(六甲連)による奉納手筒花火は伝統行事として今も続けられています。勇壮な花火の光景は、多くの見物客を魅了します。

アクセス

公共交通機関
自動車でのアクセス

まとめ

甲山寺は、徳川家康公ゆかりの寺院として長い歴史を持ち、多くの文化財を有する名刹です。岡崎城の鬼門守護の役割を果たし、松平・徳川家の祈願所としても大切にされてきました。現在も地域の信仰を集め、歴史と文化に触れられる場所として親しまれています。岡崎を訪れる際には、ぜひ甲山寺を訪れ、その歴史と文化を感じてみてください。

Information

名称
甲山寺(岡崎市)
(こうざんじ)

岡崎・豊田・奥三河

愛知県