愛知県 > 岡崎・豊田・奥三河 > 猿投神社

猿投神社

(さなげ じんじゃ)

猿投神社は、愛知県豊田市にある神社で、猿投山の麓に鎮座しています。古くから三河国三宮として崇敬を集め、格式の高い神社として知られています。式内社に指定されており、旧社格は県社です。

主祭神とその由来

猿投神社の主祭神は大碓命(おおうすのみこと)です。大碓命は第12代景行天皇の皇子であり、日本武尊(小碓命)の双子の兄にあたります。景行天皇に東征を命じられましたが、美濃国に封じられたとされ、その後、猿投山で亡くなったと伝えられています。

配祀神

ただし、大碓命が主祭神とされたのは近世以降で、それ以前は猿田彦命や吉備武彦などが祀られていたという説もあります。もともとは猿投山の神を祀る神社だったと考えられています。

猿投神社の歴史

創建の由来

『日本書紀』によれば、大碓命は景行天皇52年に猿投山で亡くなり、山上に葬られたとされています。社伝によると、仲哀天皇元年に勅願により現在の地に創建されたと伝えられています。

国史における猿投神社

『日本文徳天皇実録』には、仁寿元年(851年)に従五位下の神階を授けられた記録があります。『延喜式神名帳』には「参河国賀茂郡 狭投神社」と記載され、小社に列しています。また、三河国の三宮としても知られています。

戦国時代の被害と再建

天文3年(1534年)、松平清康による攻撃により社殿が焼失しましたが、その後、梅坪城主の三宅氏や那須氏などによって再建されました。永禄4年(1561年)には織田信長が三河国を支配し、猿投神社を保護しました。

近代の発展

明治5年(1872年)には県社に列格し、式内社・広沢天神社を合祀しました。国幣小社への昇格が内定していましたが、第二次世界大戦の終戦により社格制度が廃止され、昇格は実現しませんでした。

神階の推移

神階の記録

信仰と祭礼

左鎌奉納の習慣

猿投神社には、古くから「左鎌奉納」の風習があります。由来は不詳ですが、伝承によると、日本武尊と双生児であった大碓命が左利きであったため、左鎌を奉納する習慣が生まれたとされています。

猿投神社の祭礼

毎年10月には、愛知県指定無形民俗文化財である「棒の手」が披露され、神前に奉納されます。

境内の見どころ

猿投山の神聖な空間

猿投山の麓に本社があり、東峯に東宮、西峯に西宮が鎮座しています。

鳥居と参道

主要な社殿

摂末社

文化財

重要文化財(国指定)

愛知県・豊田市指定文化財

アクセス情報

所在地

愛知県豊田市猿投町大城5

交通アクセス

おわりに

猿投神社は、歴史ある由緒正しい神社として、多くの人々の信仰を集めています。歴史や文化財、祭礼など、多くの魅力を持つこの神社を訪れ、その神秘的な雰囲気を体験してみてはいかがでしょうか。

Information

名称
猿投神社
(さなげ じんじゃ)

岡崎・豊田・奥三河

愛知県