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松應寺(岡崎市)

(しょうおうじ)

松應寺は、愛知県岡崎市松本町にある浄土宗の寺院です。能見山の山号を持ち、本尊は阿弥陀如来です。 戦国時代、徳川家康公が父である松平広忠公の菩提を弔うために建立した由緒ある寺院であり、徳川家との深い関わりを持っています。

松應寺の歴史

創建の由来

永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いの後、岡崎城主となった徳川家康公は、父・松平広忠公の菩提を弔うために、能見ヶ原にあった月光庵の地に新たに寺院を建立しました。 家康公は、自ら手植えした松が青々と茂り、東方へと伸びていく様子を見て「我が祈念に応ずる松なり」と述べ、寺の名称を松應寺としました。

江戸時代の発展

江戸時代に入ると、松應寺は徳川家によって手厚く保護され、寺格が高められました。 慶長7年(1602年)、徳川家康公は能見・菅生村に100石の朱印地を寄進し、さらに慶長10年(1605年)の松平広忠公の57回忌には、本堂や松廟、鳥居などの大規模な再建が行われました。 また、元和9年(1623年)には、徳川秀忠公と徳川家光公が上洛の途中で参拝し、寛永10年(1633年)には家光公によって大規模な造営が行われました。

近代から現代へ

昭和20年(1945年)の岡崎空襲によって、御廟所と太子堂を除くほぼ全ての建物が焼失しました。 戦後、昭和27年(1952年)に現在の本堂が再建され、現在に至ります。 また、近年では空き家問題を解決するため、2011年に「松應寺横丁プロジェクト」が発足し、かつての花街の賑わいを取り戻す試みが続けられています。

松應寺横丁の魅力

歴史と新たな賑わい

松應寺の境内は昭和時代まで花街として栄えていましたが、近年は空き家が増加していました。 しかし、2011年に地域住民やNPO法人の協力により「松應寺横丁プロジェクト」がスタートしました。 現在では、空き家を活用したカフェや雑貨店などが営業しており、昭和の雰囲気を残した新たな観光スポットとして人気を集めています。

にぎわい市の開催

松應寺横丁では、地元住民による「にぎわい市」が定期的に開催されています。 この市では、新鮮な地元の食材や手作りの工芸品などが販売され、かつての花街の活気を思わせるような賑わいを見せています。

太子堂と白藤

境内には、聖徳太子を祀る太子堂があり、毎月22日には御開帳が行われます。 この際、天井に描かれた色鮮やかな花々の絵を拝観することができます。 また、松應寺には珍しい早咲きの白藤が植えられており、4月になると美しい花を咲かせ、訪れる人々を魅了します。

松應寺の文化財

指定文化財

松應寺には、岡崎市指定の貴重な文化財が数多く残されています。

松平広忠公御廟所

松應寺にある松平広忠公御廟所は、徳川家の歴史を語る上で非常に重要な場所です。 2018年(平成30年)には、文化財の指定範囲が20倍以上に拡大され、2019年(令和元年)には歴史的風致形成建造物に指定されました。 また、2015年(平成27年)の大雨による被害を受け、3年にわたる修復工事が行われ、2022年(令和4年)に完成しました。

まとめ

松應寺は、徳川家康公ゆかりの地として長い歴史を持つ名刹であり、岡崎市の重要な文化財でもあります。 また、松應寺横丁の活性化により、新たな観光名所としても注目を集めています。 歴史と現代の魅力が交差するこの地を、ぜひ訪れてみてください。

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松應寺(岡崎市)
(しょうおうじ)

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