安久美神戸神明社は、愛知県豊橋市八町通に鎮座する、由緒ある神明神社です。別名を「豊橋神明社」とも呼ばれ、地域の人々から長く親しまれてきました。
安久美神戸神明社の起源は、平安時代中期の天慶2年(939年)にさかのぼります。この年、関東にて平将門の乱が勃発し、京の朝廷は伊勢神宮にて関東平定の祈願を行いました。その翌年、乱が平定されたことを喜んだ朱雀天皇が、三河国渥美郡の安久美荘(現在の豊橋市中心部)を伊勢神宮に寄進しました。これにより、当該地域は「安久美神戸(あくみかんべ)」と呼ばれる神領地となり、現在の神社の起源となりました。
この地には、伊勢神宮の祭主・大中臣頼基の庶流である大中臣基守が伊勢国から来訪し、磯部氏、川野氏、清水氏らとともに神社を創建したと伝えられています。
永正2年(1505年)には、今川氏親の命により牧野古白が今橋城(後の吉田城)を築きました。その後も歴代城主からの尊崇を受け、江戸時代には「吉田神明宮」などと呼ばれ、徳川家康も神社の鬼祭を見物した記録が残っています。家康は当社に対し朱印により30石の社領を献じ、その後の将軍家もこれを受け継ぎました。
明治18年(1888年)には、軍用地への転用により現在の地へ移転。昭和5年(1930年)には現在の社殿が造営され、昭和26年(1951年)には正式に「安久美神戸神明社」と改称されました。
昭和5年に建築された本殿は、国の登録有形文化財に指定されており、伊勢神宮正殿に近い様式を持つ神明造の建物です。屋根には6本の鰹木(かつおぎ)を備え、神聖な雰囲気が漂います。
本殿と同じく昭和5年に建設された建造物で、脇殿を備えた大型の拝殿です。屋根は切妻造で、柱には丸柱が使用されるなど、伝統的な建築美を感じさせる造りとなっています。
明治18年に移築された神楽殿も登録有形文化財で、昭和以前の境内建築物として貴重な存在です。現在でも神楽の奉納や祭事に利用されています。
神庫、手水舎もいずれも昭和5年に建てられたもので、登録有形文化財となっています。また、儀式殿は昭和37年に建設された2階建ての木造建築で、かつては結婚式の披露宴会場としても使用されました。現在では鬼祭の準備や地域の催しなどにも活用されています。
この神社の主祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)で、日本神話において最高位の神とされる太陽の神です。
また、以下の神々も併せてお祀りされています。
境内には以下のような摂社・末社も祀られており、さまざまなご利益を求める参拝者が訪れます。
安久美神戸神明社は、長い歴史と格式を持ち、地域の信仰を今に伝える貴重な存在です。豊橋の中心部に位置しながらも、静けさと厳かな雰囲気を併せ持つこの神社は、訪れる人々に心の安らぎと神聖なひとときを与えてくれることでしょう。お近くにお越しの際は、ぜひ一度お参りに足を運ばれてみてはいかがでしょうか。