鳳来山東照宮は、愛知県新城市の霊峰・鳳来寺山に鎮座する格式ある神社であり、その正式な社号は単に「東照宮」とされています。日光東照宮(栃木県)、久能山東照宮(静岡県)と並んで、「日本三大東照宮」の一つと称され、徳川家康公を主祭神として祀っています。
鳳来山東照宮の主祭神は徳川家康公(東照大権現)です。さらに、「鎮守三社」として尊ばれる山王権現(さんのうごんげん)、熊野権現(くまのごんげん)、白山権現(はくさんごんげん)の三神が合祀されています。これらの神々は家康公の守護神とも伝えられており、神社の霊験あらたかな空気を一層高めています。
創建は江戸時代初期の慶安元年(1648年)にさかのぼります。当時、江戸幕府の第三代将軍・徳川家光公が日光東照宮に参詣した際に、『東照社縁起』を読み、家康公の出生と三河国・設楽郡の鳳来寺との縁に深く感銘を受けました。それを機に、家光公は鳳来寺の薬師堂の再建とともに、新たに東照宮を創建することを決意しました。
老中・阿部忠秋や太田資宗に命じて造営が進められましたが、家光公は慶安4年(1651年)に薨去。その後は四代将軍・家綱公が造営を引き継ぎ、地元の大名・本多利長、小笠原忠知らの協力のもと、同年9月17日に社殿が完成しました。
完成した社殿には、江戸城・紅葉山東照宮に安置されていた「御宮殿(厨子)」および「御神像」が遷座され、盛大な遷座祭が執り行われました。この際、将軍・家綱公からは、関ヶ原の戦いで家康公が帯刀していたと伝わる太刀が神刀として奉納されました。さらに、多くの大名からも太刀や灯籠などの奉納があり、東照宮は格式高き神社としてその名を高めました。
家康公の両親である松平広忠と正室・於大の方(伝通院)は、子宝に恵まれず、鳳来寺に参籠して祈願をしました。すると、伝通院は夢の中で東方から現れた老翁に金色の珠を授けられるという霊夢を見て、やがて家康を懐妊したと伝えられています。
家康公が誕生したとされるのは天文11年(1542年)12月26日・寅の刻であり、鳳来寺ではその誕生の際、薬師堂の守護神である十二神将の一尊、寅神・真達羅大将の像が忽然と姿を消したとされます。そして家康公が没した後、その像は元の位置に戻ったという言い伝えがあります。この伝説から、家康公は真達羅大将の化身であると考えられ、霊性の高い存在として敬われてきました。
社殿群は慶安4年(1651年)の造営当時の姿を今に伝える貴重な建築物群で、すべて国の重要文化財に指定されています。
これらの建築は、江戸初期の建築技術の粋を集めたものであり、神社建築としても芸術的価値が極めて高いと評価されています。
鳳来山東照宮御神宝群:令和4年(2022年)3月3日指定。以下を含む計41点が登録されています。
当神社が鎮座する鳳来寺山一帯は、国の名勝および天然記念物に指定されています。豊かな自然、四季折々の風景、そして神聖な空気が漂うこの地は、訪れる人々に深い感動と癒やしを与えてくれます。
鳳来山東照宮は、徳川家康公ゆかりの地として歴史と伝説に彩られた神聖な場所です。国指定重要文化財としての建築美、自然と共生する環境、そして今も変わらずに続く祭礼の数々が、訪れる人々の心を打ちます。愛知県を訪れた際には、ぜひ鳳来山東照宮に足を運び、その神秘に満ちた空気を肌で感じてみてはいかがでしょうか。