甘泉寺のコウヤマキは、愛知県新城市作手鴨ケ谷にある臨済宗永源寺派の寺院「甘泉寺」の境内に立つ、国内最大級のコウヤマキの巨樹です。樹齢は推定400年以上、あるいは600年以上ともされ、日本に現存するコウヤマキの中で最も大きいと評価されており、1972年(昭和47年)には国の天然記念物に指定されました。また、「新日本名木100選」にも選ばれており、植物学的にも観光資源としても非常に貴重な存在です。
コウヤマキ(高野槇)は、マツ目コウヤマキ科の常緑針葉樹で、1科1属1種という非常に珍しい分類に属し、日本と韓国の済州島にしか自生していない固有種です。材質が非常に堅く、耐水性にも優れているため、古くから桶や舟、木棺などの素材として重用されてきました。特に古墳時代には棺としても使用されるほど、その実用性は高く評価されています。
この木は、2006年に誕生された悠仁親王のお印としても採用されており、その気品ある姿や日本古来の文化との結びつきの深さが伺えます。
甘泉寺(正式名称:翔龍山甘泉寺)は、作手高原の中央、標高約600メートルの地に位置する臨済宗永源寺派の寺院です。開山は1370年(応安3年)で、近江国からこの地にやってきた高僧・弥天永釈(みてんえいしゃく)が開基しました。彼は近江の永源寺を始め、三河の甘泉寺や天恩寺の創建にも関わった人物であり、その教えと信仰はこの地に深く根づいています。
甘泉寺には、この巨木にまつわる伝説が残されています。弥天永釈がこの地に到着した際、自身の手にしていた杖を地面に突き立てて「大樹となれ。喝!般若波羅密多」と一喝しました。その杖が地に根づき、芽吹き、やがて巨大なコウヤマキに成長したと伝えられています。さらに、この木の枝が下向きに伸びているのは、弥天永釈が杖を逆さまに突き立てたためだと語り継がれています。
甘泉寺の本尊は釈迦如来であり、「南設楽四国霊場」の第83番札所としても知られ、多くの巡礼者が参拝に訪れます。
境内には、1575年(天正3年)に起きた有名な「長篠の戦い」において、武田軍の包囲を単身で突破して援軍を要請し、織田・徳川連合軍に勝機をもたらした勇士・鳥居強右衛門(とりいすねえもん)の墓も残されています。その英雄的行為は今も語り継がれており、歴史ファンにも見逃せないスポットです。
コウヤマキの幹の周囲は地上1.5メートル地点で6.25メートル、根回りは7.50メートル、樹高は27.80メートルにも達します。また、幹は約7メートルの高さで二分され、さらに三分幹となって計4つの幹に分かれ直立しています。
その樹齢は400年以上とも600年以上とも推定され、幹にはシダ類のコケシノブ・ウチワゴケ・ノキシノブや、着生植物のセッコク・ヤマハゼなどが生育しており、生物多様性にも富んだ貴重な環境を形成しています。
しかし、この神木も自然の力には抗えず、2009年(平成21年)10月8日に襲来した台風によって、上部が大きく損傷する被害を受けました。それでもなお、現地で力強く生き続ける姿には、多くの参拝者や観光客が胸を打たれます。
このコウヤマキは1972年に国の天然記念物に指定された後、1977年には旧作手村の村木とされ、1990年に開催された「国際花と緑の博覧会」の際には、同じく新城市内の「傘スギ」とともに新日本名木100選に選定されました。
住所: 愛知県新城市作手鴨ケ谷字門前23
JR東海飯田線「新城駅」からSバス作手線「鴨ケ谷口」下車、そこから徒歩約20分。
東名高速道路「豊川IC」から車で約30分(約29km)ほど。駐車場もあり、観光の合間に立ち寄ることも可能です。
甘泉寺のコウヤマキは、その圧倒的な存在感と歴史的背景、そして自然と人間との関わりを感じさせる数少ない遺産の一つです。戦国時代の逸話や、開山の伝説、そしてコウヤマキという希少な樹種の生命力に触れることのできるこの場所は、訪れる人々に深い感動を与えてくれます。新城市を訪れた際には、ぜひこの神木と歴史を感じに、甘泉寺へ足を運んでみてはいかがでしょうか。