商家「駒屋」は、愛知県豊橋市二川町字新橋町21に所在する、歴史的価値の高い建造物です。この建物は、旧東海道の宿場町として栄えた二川宿に位置しており、江戸時代からの商家の姿を現在に伝える貴重な文化財です。平成15年(2003年)には、豊橋市指定有形文化財に指定され、現在では一般公開されており、多くの観光客に親しまれています。
商家「駒屋」の歴史は、元禄4年(1691年)にまで遡ります。この年、田村家は遠江国(現在の静岡県湖西市)から二川宿へと移り住み、当初は医業を営んでいました。その後、米穀商や質屋として商いを始め、やがて二川宿の宿役人や村役人も務めるようになりました。安政2年(1855年)には苗字の使用を許され、地域社会での信頼と地位を確立していきます。
田村家の当主は代々「田村善蔵」の名を継ぎ、文化的教養にも長けた人物が多く、9代当主の田村善蔵苗政は書道や茶道、俳諧など多岐にわたる分野で才能を発揮しました。また、11代当主・田村憲造は東京帝国大学の教授を務めた薬学者でもあります。
2000年度に建物の調査が行われた後、2002年度には田村家から豊橋市に寄付され、土地は市が購入しました。2003年には主屋など8棟が文化財指定を受け、2012年から3か年をかけて復原工事が進められました。そして、2015年11月より一般公開が始まり、2016年には都市景観大賞を受賞するなど、その歴史的・景観的価値が高く評価されています。
商家「駒屋」は以下のような8棟の建築物で構成されています。それぞれが異なる時代背景や用途を持ち、田村家の歴史を今に伝える遺構です。
文化10年(1813年)に建築された木造の平屋で、一部が二階建てです。安政元年の大地震で大破し、翌年に修繕されました。間口は6間余りあり、当時の商家としての格式を感じさせます。
明治末期から大正期にかけて建設されたと考えられ、客人を離れ座敷や茶室へ案内するための通用門です。
来客用に明治末期から大正期に建てられた建物で、面積は約95.78㎡。中庭や浴室、洗い場も備えた丁寧な造りとなっています。
4畳半の茶室に3畳の水屋を備えた構成で、明治期に建設されたと見られています。茶の湯文化を大切にしていた田村家らしい設計です。
安永3年または天明元年に建てられたとされる土蔵で、間口2間1尺・奥行5間。敷地の南側に出入り口を持ち、古い地形に沿って建築されたことが伺えます。
安政3年(1856年)建築。幅2間半、奥行5間の規模で、東側に出入り口があり、物資の搬出入をしやすく工夫されています。
明治末期から大正期にかけて建設された大型の土蔵で、作業用道具や資材を保管していたと考えられています。
嘉永3年(1850年)に現在の場所に建設された木造平屋の倉庫で、さまざまな道具類の収納に用いられました。内部は非公開となっています。
商家「駒屋」は、主屋・土蔵群・茶室・離れ座敷といった建物群を通じて、江戸から大正時代にかけての商家の暮らしを体感できる貴重な施設です。豊橋市に残る数少ない江戸建築の一つであり、その保存状態の良さからも歴史的価値の高さがうかがえます。
この「駒屋」の一般公開により、二川宿は本陣・旅籠屋・商家の三要素を見学できる、日本で唯一の宿場町となりました。歴史と文化を深く感じることができる観光地として、国内外からの注目も集めています。