豊橋ハリストス正教会は、日本ハリストス正教会に所属する歴史ある教会で、愛知県豊橋市八町通にその荘厳な姿を見せる正教会聖堂です。この聖堂は「聖使徒福音記者マトフェイ聖堂」と呼ばれ、国の重要文化財にも指定されています。木造の教会建築としての美しさと、日本とロシアの宗教文化が融合した貴重な遺産として、高い評価を受けています。
教会の名称は「豊橋ハリストス正教会」ですが、聖堂の正式名称は「聖使徒福音記者マトフェイ聖堂」です。「ハリストス」は中世ギリシャ語およびロシア語における「キリスト」の読み方であり、「マトフェイ」は「マタイ」のスラヴ語読みを片仮名に転写したものです。マタイはキリストの十二使徒のひとりであり、福音記者としても知られています。
漢字表記では「聖使徒福音者馬太(まとふぇい)聖堂」とされることもあり、その名のとおり聖マタイに捧げられた聖堂です。
この聖堂は、初代管轄司祭マトフェイ影田神父の叙聖35周年を記念して建てられました。設計は、亜使徒大主教聖ニコライが所蔵していた聖堂設計図譜を基に行われ、地元工務店である中神組によって1913年に施工されました。構造は木造下見板張りで、当初は亀甲葺きでしたが、現在は銅板瓦棒葺きとなっています。
設計を担当したのは、愛知県知多郡南知多町出身で教会営繕も担当していたモイセイ河村伊蔵(後の司祭)です。彼は大阪聖堂の設計にも関与しており、豊橋の聖堂はその縮小版とも言える構造となっています。
聖堂内部には、著名なイコン画家であった山下りんによる『主の昇天』『キリストの降誕』の壁画が飾られており、信仰と芸術が融合した空間を創り出しています。さらに、日露戦争中に捕虜となったロシア兵画家が描いた神使長『ガウエル』『ミハエル』のイコンも存在しており、国際的な文化交流の痕跡としても注目されています。
この地に正教の布教が始まったのは1875年(明治8年)であり、1879年には木造2階建ての会堂が建てられました。そして1913年(大正2年)、初代管轄司祭であったマトフェイ影田神父の叙聖35周年を記念し、現在の聖堂が建立されました。
以下に、豊橋ハリストス正教会の主な歴史的出来事を年表形式でご紹介いたします。
この教会は、日本正教会の西日本主教区に属しており、管轄地域の中では最も東に位置する教会です。
また、1972年から1999年にかけては、現在の日本正教会首座主教であるダニイル主代郁夫府主教が司祭としてこの教会を担当していたことでも知られています。
豊橋ハリストス正教会へは、豊橋鉄道東田本線をご利用いただくのが便利です。「市役所前停留場」または「豊橋公園前停留場」で下車し、そこから徒歩2分ほどで到着いたします。市街地に位置しており、周辺には豊橋公園や吉田城跡といった観光スポットも点在していますので、併せて訪れてみるのもおすすめです。