菜飯田楽とは、白米に細かく刻んだ大根の葉を加えて炊いた「菜飯」と、豆腐に八丁味噌を塗って炭火で焼き上げた香ばしい「味噌田楽」とを組み合わせた、素朴で風味豊かな郷土料理です。この料理は「菜めし田楽」と表記されることもあり、豊橋市の名物になっています。田楽だけで食べると八丁味噌の甘さが強いが、味噌の風味が残るうちに菜めしを食べると、大根の葉の風味が口内をさっぱりさせてくれ、ついつい箸が止まらなくなってしまう味わい。
この料理の発祥は、かつての近江国目川(現在の滋賀県栗東市目川)とされています。江戸時代、東海道を行き交う多くの旅人にとって、目川の菜飯田楽は大変評判の良い料理でした。特に寛保年間(1741年~1743年)には、この目川の菜飯田楽を提供する店が江戸で話題となり、街道沿いへと人気が広まっていきました。
その後、他地域では次第に姿を消していったものの、東海地方の一部地域では、伝統の味が現代に受け継がれています。
菜飯田楽 きく宗(なめしでんがく きくそう)は、愛知県豊橋市新本町40に位置する老舗料理店で、合資会社きく宗によって運営されています。創業は文政年間(1818年~1831年)にさかのぼり、開業当初から菜飯田楽を提供していたと伝えられています。
戦後の混乱の中、1945年(昭和20年)6月19日から20日にかけて発生した豊橋空襲により、店舗は全焼してしまいましたが、1946年(昭和21年)には営業を再開し、地域の人々に親しまれ続けてきました。
1968年(昭和43年)には、矢作ダム建設の影響で水没する古民家を買い取り、現在の場所へ移築しました。間口はやや狭いながらも、内部には複数の座敷が設けられ、床の間には錦絵をあしらった掛け軸が飾られるなど、歴史と趣が感じられる空間が広がっています。
名古屋市出身の女優、戸田恵子さんも幼少期に家族で訪れた際の思い出を語っており、「家族三人で食べた懐かしい味」として心に残っているとされています。
きく宗の菜飯田楽は、江戸時代から続く伝統の味を守り続けており、代々太田家の家族によって経営されています。現在は八代目の太田敬介氏が店を引き継ぎ、地元の将棋文化にも貢献。2012年(平成24年)頃からは店舗の2階にて「豊橋まちなか将棋教室」も開催されています。
菜飯には炒らずにそのまま刻んだ大根の葉を白米に混ぜる独自の方法が用いられており、素朴でやさしい味わいが特徴です。田楽に用いる豆腐はやや硬めの木綿豆腐で、かつては地元の豆腐店から仕入れていましたが、現在では国産大豆と本にがりで自家製造しています。
豆腐は長さ7cm、幅3cm、厚さ1.5cmほどに切り分け、先が二股に分かれた串に刺して焼きます。この形状は関西地方に多く見られるもので、関東地方の1本串との違いも興味深い点です。現在は電気で焼いていますが、かつては木炭を使って焼かれていました。
味噌田楽には岡崎産の八丁味噌が用いられ、秘伝の製法で作られた味噌だれがたっぷりと塗られます。その上から、少量の練りからしを添えていただくのが「きく宗」流です。この味噌だれの製法は、文書化されておらず、代々口伝によって継承されている貴重な味です。
きく宗は「豊橋における菜飯田楽の名店」として地元に深く根ざしており、「東海地方屈指の老舗」とも称されています。また、2019年(令和元年)には『ミシュランガイド愛知(名古屋)2019』において、「ミシュランプレート」に選ばれるなど、その味と伝統は高く評価されています。
現代においても「菜飯田楽定食」をはじめ、多彩なメニューを揃え、訪れる人々に変わらぬ味と温もりを届けています。観光で豊橋を訪れた際には、ぜひ立ち寄りたい名店のひとつといえるでしょう。