吉胡貝塚は、愛知県田原市吉胡町矢崎に位置する、縄文時代晩期から弥生時代前期にかけての貝塚遺跡です。1922年(大正11年)と翌年に京都帝国大学の清野謙次氏が行った発掘調査では、縄文人の人骨が実に302体も出土し、日本国内で最多の出土例として大きな注目を集めました。
1950年に文化財保護法が公布されると、吉胡貝塚は国による第1号の発掘対象となり、翌年には文化財保護委員会による正式な調査が実施されました。その調査で33体の埋葬人骨や、縄文時代の土器、カメ棺、犬の骨など貴重な遺物が出土し、1951年12月26日には国の史跡として正式に指定されました。
その後も1983年、1993年から2006年にかけて再調査が行われ、史跡周辺は公有地化されました。こうした取り組みの結果、吉胡貝塚は2007年に「吉胡貝塚史跡公園」として整備・公開され、訪れる人々に縄文時代の暮らしを身近に感じられる場となっています。
吉胡貝塚は、大規模な貝塚1か所と、小規模な貝塚4か所から構成されています。住居跡はまだ発見されていないものの、出土遺物は縄文時代中期から中世に至るまで幅広く、当時の生活や文化の痕跡を物語っています。
出土した貝類にはハマグリ、アサリ、オキシジミ、マガキなどが含まれ、また鳥獣類ではサル、キツネ、ウサギ、マグロ、ブダイ、スズキなどの骨も発見されています。こうした出土品からは、縄文人たちが汐川干潟など自然環境の恵みを活かし、豊かに暮らしていた様子がうかがえます。
吉胡貝塚は、現在の三河田原駅から北へ約1kmの丘陵地、汐川河口の南斜面に位置しています。地形の変動が少なかったため、遺跡は良好に保存されており、吉胡台地の南端から沖積地にかけての斜面が史跡の指定範囲となっています。
明治24年の地図には既に畑地として記載されており、大正時代の調査でも「ソバ畑」「桑畑」「イモ畑」などと記録されています。幕末には矢崎御殿が存在していたとされ、その後開墾が進み、現在の史跡へと変化していきました。
2007年に開園した「吉胡貝塚史跡公園(愛称:シェルマよしご)」は、国指定史跡の保存と活用を図り、地域文化への理解と関心を深めることを目的に整備されました。公園内には吉胡貝塚資料館をはじめ、貝塚の平面・断面展示施設や、体験広場などが整備されています。
園内には、田原藩第11代藩主・三宅康直の隠居所「矢崎御殿跡」の石垣も残っており、近世以降の歴史にも触れることができます。
吉胡貝塚資料館は、2007年に開館した2階建ての施設で、出土資料の展示のほか、体験学習にも力を入れています。縄文時代の生活や文化を、実際の遺物と模型を通して学ぶことができるよう工夫されており、市内の小中学校への出前授業も実施されています。
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日、祝日の翌日、年末年始
入館料:一般200円、小中学生100円
駐車場:資料館16台(うち大型1台)、公園12台
バリアフリー:身障者用トイレ完備